表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

105/134

第102話 ピンチはチャンス

本日2話目。


本日3話更新です。

「ササハル、力を貸して!」


 息を切らしたヴィラがササハルの小屋に飛び込んできた。


「どうした?」

「ま、魔物が村に!」

「自警団はどうした?」

「ほとんど外に出ていないの!残っている数じゃ対応できない」

「……わかった、行こう」


 駆けながら話を聞くと、どうやらサイクロプスというAランクの魔物が三体、村を襲ってきたらしい。


 村には自警団という名の兵士の集団がいたが、タイミングが悪かった。


 さすがに居残りの兵士たちでは、強敵に対応できないようだ。


 村に近づくと怒号が聞こえる。


 ササハルは、まずダブロフの屋敷に駆けた。


「ごめん!」

「ひぃ!」


 いつもの老婆がササハルの剣幕に怯える。


「ダブロフ殿は?」

「だ、旦那様は兵の調練に……」


 ダブロフは村の長であり、最強の戦士でもある。


 そのダブロフが兵を調練に連れて出ていたようだ。


 村一番の遣い手が大半の兵を連れて不在。


 Aランクの魔物三体相手では戻るまで持たないだろう。


「ササハル様」


 その声を聞いて、ササハルは鼓動が速くなる。


 奥からジュリエンザが出てきた。


「ヴィラさんから聞きました。ササハル様は大変お強いと」

「え、いえ、その」


 ササハルの返事を待たず、ジュリエンザが地に伏せ頭を下げる。


「日頃の私たちの態度を考えると、無礼極まりない虫のいいお願いとは思いますが、どうか力を貸していただけないでしょうか」 

「あ、ちょ、ちょっと。あ、頭を上げてくれ」


 ササハルはジュリエンザの丁寧な振る舞いに狼狽する。


「お願いいたします。お力を貸してください」


 ジュリエンザはきれいな瞳で真っ直ぐササハルを見てくる。


 その美しさに、再び狼狽しかけたが、腹に力を入れ、彼女が求めている言葉を発する。


「当たり前だ」

「本当ですか!?」

「ジュリエンザ殿のためになることならば、どんなことでも俺はやるよ」

「あ、ありがとうございます」

「ってか頼んだのはいいけど、大丈夫なの?」

 

 ヴィラが口を挟んでくる。

 

「俺を誰だと思っている」

「ただの恋焦がれる朴念仁かな」

「違う!俺は、天下無双の武士と呼ばれた当世最強の男だ」


 普段、自分では絶対に言わない言葉だったが、ジュリを安心させるためにあえて口にした。


 格好つけたいという気持ちも多少はある。


 しかし、こんな時に使わず、いつこの異名を使うのだ。


「ジュリエンザ殿、すぐに片付く。待っていてくれ!」


 だが、威勢よく言ったはいいものの、急に恥ずかしさがこみ上げてきて、それ以上ジュリと向かい合っていることができなかった。


 顔も見ずにササハルは家を飛び出した。


 ジュリから離れれば、気持ちは平静になる。気持ちを魔物退治に切り替えた。


 どこで魔物が暴れているかはすぐにわかった。


 サイクロプスに加え、小型の魔物も複数入り込んでいるようだ。


 残った自警団が何とか村の奥に向かわせないように止めている。


 その甲斐もあって、まだ大きな被害は出ていないようだ。


 自警団が思いの外、健闘しているので少し驚いたが、このままでは壊滅するのも時間の問題だろう。


 一つ目の巨人、サイクロプスは初めて見る魔物だった。


 体が大きく、見るからに力が強そうだった。しかも、見た目に反して動きも速い。


 しかし、ササハルにとっては単なる引き立て役にすぎなかった。


「な、何をしている!下がれ」


 無防備にふらふらと前に出るササハルに向かって一人の兵士が叫んだ。


 ササハルはそれを無視し、刀を抜く。


 一体のサイクロプスと目が合った。標的をササハルと決めたようで、こちらに駆け寄ってくる。


 振り上げられた拳。力を込められた腕の筋肉がさらに盛り上がる。


 そのままササハルに叩きつけるつもりなのだろう。


「おい!聞こえないのか!お前っ、っえ!?」


 地面に響く拳の大きな音。


 それより少し遅れて、何かが地面に落ちたやや小さな音。


 サイクロプスの首。


 拳を振り下ろす際、少し前かがみになったサイクロプスの首をかわしざまに斬った。


 さっきまで叫んでいた兵士が一瞬にして沈黙。


「見ただろ?あとの二体も俺に任せろ」


 事の顛末を見ていた兵士たちが、ササハルの前を開ける。


 そこからは一瞬だった。


 一気に敵に駆け寄り、ただ首を落とす。


 下手に暴れられても困るので、一太刀で命を刈り取ることを心がけた。


 Aランクの魔物相手など、ササハルにとっては造作もないことである。


「ん?何だ、お前」


 サイクロプスを全て片付けたところで、物陰からもう一体、魔物が出てきた。


 サイクロプスと同じように、一つ目の魔物だったが、体はそれより小さく、その代わり頭に山羊の角のようなものが二本生え、手には細長い棒を持っていた。


「妙な気配がもう一つあったのは気づいていたが、正体はお前か。部下がやられて慌てて出てきたのか?」

「グ、グラクロプスだと?」


 後ろにいた兵士が震えた声で言う。


「貴様、どんな魔物か知ってるのか?」

「し、深淵の魔物だ」


 さすがに予想しなかった言葉が出てきた。


「こいつは人間のように気まぐれで、行動パターンが読めないとは聞いていたが、まさか俺たちの集落に」

「終わりだよ……災害みたいなもんだ、終わりだ」


 もう一人の兵士はうすら笑いを浮かべ、武器を取り落とした。


 すでに気が錯乱しているようだ。


 この様子を見る限り、相当まずい状況のようである。


 さすがのササハルも深淵の魔物と戦ったことはない。


 普通に生きていればまず会うことはないと言われている極地の魔物。


 確かに、醸し出す雰囲気は、これまで出会ってきた魔物とは別次元の生き物である。


「そうか、これが深淵の魔物か。確かにとんでもないな」


 しかし、それ以上の感想は抱かず、ササハルは正眼に構えた。


「た、戦う気か!?」

「当たり前だろう。ジュリエンザ殿との約束だ」

「あ、あんたが強いのはわかったが、いくらなんでもこんな奴に勝てるわけがねぇ!」

「そうか?意外と何とかなりそうだぞ」


 それ以上、ササハルは兵たちを取り合わなかった。


 余計なものに構っている場合ではない。


 湧き上がってくる高揚感。


 強い。


 間違いなく、今まで出会った者の中で最強だ。


「ははは、これは強い。最高ではないか」


 ササハルは思わず笑みをこぼした。


 その様子を見てか、グラクロプスは訝しげに目を細めた。


 いきなり笑い出したササハルを不気味に思ったのかもしれない。


 警戒が増したのか、グラクロプスはゆっくりと棒を構える。


 棒は力自慢の者が使うような棍棒ではなく、棒術で使うような細長い棒だった。

 

 半身で構え、棒先はこちらを向いている。


 魔物らしくなく、しっかりとした技を使うようだ。


 魔物ではなく、武の達人と戦うような感覚。


 ますます気持ちが沸き立つ。


「ソウモンイン・ササハル。お前を斬る者の名前だ。言葉がわかるか知らんが、名前の響きだけでも覚えていけ」

「……ごぉど」


 何やら答えた。

 

 もちろん、意味などわかるはずもないが、意志が通じたようで少し嬉しい。


 こちらを向いた棒先がかすかに揺れる。


 凄まじい圧だ。


 様々な強者と立ち合ってきたが、そのどれとも違う、粗野で暴力的な、ただ相手を押しつぶそうとする強大な力。


 人間では出すことができない、力による圧倒的な気迫だ。


 普通に立っているだけでは、膝を折ってしまいそうである。


「なるほど、人とはまた違うのだな」


 ササハルは少しだけ間に出る。


 間合いはあちらのほうが深い。


 一歩深く踏み込まねばならない。


 仕掛けてきたのはグラクロプスだった、


 いきなり棒を回し始める。


 攪乱か。


 それにしても見事に回すものだ。


 殺気。


 円のように見える棒回しから、突きを繰り出してきた。


 鳥肌が立つほどの突き。


 しかし、避けられないほどではない。


 ササハルは体を数度、横に流し、最後に後ろへ飛んだ。


 本気の突きではない。


 様子見のつもりか。


 小癪な。


 そんなことをされるとますます楽しくなってしまうではないか。


 だが、そんな呑気なことを言っている場合ではないだろう。


 おそらく集落の者たちは、深淵の魔物の出現で慌てふためいているだろう。


 そして何よりジュリエンザ。


 きっと、恐怖を感じながらも周囲の人間を不安にさせぬよう気丈に振る舞っているに違いない。


 早くその不安を取り除いてやりたい。


「たっぷりやり合いたいところだが、俺の大切な女が怯えているだろうから、終わらせてもらうぞ」


 ササハルは開いた間合いを再び詰める。


 まずは一太刀入れてみるか。


 小さく呼吸。


 足はしっかり動く。


 グラクロプスは最初と同じような半身で構えている。


 どこまでついてこられるか。


 地を蹴る。


 グラクロプスの棒先が揺れた。


 よくぞ反応できた。


 しかし、遅い。


 肉を斬る感触。


 ササハルはグラクロプスの横を抜け、入れ違った形で再び向き合う。


 二の腕あたりを深く斬った。


「何だ、様子見のつもりだったが、思いの外、良いのが入ってしまったな」


 まだ構えは取れるようだが、おそらく右腕はもう満足に動かせないだろう。


 終わってしまう。


 終わらせようとしたのは自分なのだが、いざ終わるとなると寂しくなってしまう。


 良い立ち合いの時はいつもそうだ。


 そして良い立ち合いの後は、しばらく虚無感で何もしたくなくなる。


 しかし、今回は違う。


 きっとジュリエンザの笑顔が見られるはずだ。


 それを想像するだけでササハルの心に熱いものが巡る。


「すまんな、良い引き立て役になってもらってしまった。だが、あの世で誇れ。お前を斬ったのは天下無双の俺だ」


 つい大袈裟なことを言ってしまう。


 死にゆく者への手向けのつもりだった。


 グラクロプスが苦し紛れに、棒を何度も繰り出してくる。


 ほとんど片手による攻撃だが、鋭い突きである。


 しかし、ササハルに通用するものではなかった。


 一瞬の隙をつき、懐に入る。


 跳ね上げ。


 刀には確かな手ごたえ。


 ササハルの後ろで何かが落ちる。


 振り向くと、グラクロプスの首が別の物のように地面に転がっていた。


 終わった。


 残った魔物たちは算を乱して逃げ始める。兵たちがそれを追い討っている。


 歓声。


「ありがとう、ありがとう!」

「本当に助かった」

「ホノカの侍はみんなこんなに強いのか?」


 みんな思い思いの言葉をかけてくる。


 賞賛の嵐。


 悪い気はしなかった。


 ササハルからすれば、大した苦労もしていない。


 それなのにこれほどの評価を受けられるとなれば、むしろ魔物たちに感謝したいくらいだ。


 誰かが呼びに行ったのか、ジュリエンザがこちらにやってきた。


 深淵の魔物を前にしても一切怯まなかったササハルだが、ジュリエンザを見るとまだ体がこわばってしまう。


「本当にありがとうございます」

「あ、いや、その……どうということもない」


 ジュリエンザが地に伏し、深々と頭を下げる。


「そ、そんな風に頭を下げるな!そこまでしてもらうようなことはしてない」

「いえ、無礼ことばかりしてきた我々のことを救ってくださいました」

「無礼なことなど」


 ジュリエンザには無礼なことは一切されていない。


 ササハルにとってジュリエンザが全てである。


 それゆえ、他の人間がどんな振る舞いをしようと関係無い。


 今回のことも、ただササハルはジュリエンザのためにやったのだ。


「父が戻ったら改めてお礼の話をさせてください」

「え?あ、うん」


 礼などいらない。


 欲しいのジュリエンザだけである。


 ならば、礼としてジュリエンザ求めて良いものなのか。


 言った方がいいのか、言わない方がいいのか、世間知らずなササハルには難しい駆け引きだった。


 それだけ話すと、ジュリエンザは帰ってしまった。


 ここまでのことをしても、やはりまだ衆人の前で長く話すことはできないようだ。


 その代わり、村人たちがササハルに群がってくる。

 

 ジュリエンザしか見えていないササハルにとって、大して嬉しいことではないが、村人に受け入れられるのはそう悪いことではないだろう。


お読みいただき、ありがとうございました。

評価、コメント、本当に励みになります。

ブックマークのみなさま、いつもありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ