第97話 過去を知る者
ソウモンイン・ササハル。
ホノカを旅していた時に、その名を聞いた覚えがある。
百年ほど前に、実在した剣客。
好きになった女を守るために、千人以上のウルダン兵を斬ったとされるホノカの武士。
「そのソウモンイン・ササハルが、護り手となっているんですか?」
正直、恭之介は興味を押さえることができなかった。
「おぉ、恭之介と言ったか。お前、ずいぶんとやる気になっているな。やはり武士の血が騒ぐか?」
「あ、いえ、その」
気持ちが高ぶったのをエンナボ指摘され、少し恥ずかしくなる。
ここは自分が出しゃばるような場面ではない。
その横で、リリアサが小さく息を吐くのが聞こえた。
恭之介の態度に呆れたのかもしれない。
「興味があるんだな。よし、せっかくだし、そのソウモンイン・ササハルに詳しい奴がいるから、そいつに説明させるよ」
「詳しい人間だと?そんな者がトゥンアンゴにいるのか」
レンドリックが意外といった様子で言う。
「詳しいも何も、何せ実際に会ったことがある奴だからな」
「え?ソウモンイン・ササハルって。百年以上前の人間ですよね」
さすがに驚き、恭之介はつい口を挟んでしまった。
「まぁ会えばわかるよ。ルナ、ヴィラ婆を呼んできてくれ」
「わかった」
相変わらず王妃とは思えない気軽さで、ルナが外へ出ていく。
ホノカで聞いた百年前の剣豪が、まさかまだ生きていたとは。
恭之介はその事実に気持ちの高ぶりを押さえられなかった。
一介の剣士として興味をそそられないわけがない。
「まぁ、厳密には生きているとは言えないかもしれないが、確かにこの世に存在するよ」
「今更言わずともだが、エンナボ殿の頼みは、黄泉の街道を塞いでいるソウモンイン・ササハルを僕らに退治してくれということなのだな」
「その通り」
「ふぅ、難儀な依頼だ。だが、まぁ僕らの立場からしたら受けないわけにもいかないな」
レンドリックが諦めたように首を振る。
しばらく待っていると、扉が開く気配がした。
外から、一人の老婆が入ってくる。
肌は白く、目は青い。明らかにトゥンアンゴ出身の者ではないのがわかった。
相当歳を取っているようだが、背筋は伸び、表情にも張りがある。
足取りもしっかりしていて、極めて健康そうに見えた。
「何ですか、エンナボ様?私は忙しいんですよ」
「あぁ、悪い悪い、ちょっとソウモンイン・ササハルの話をしてほしいんだよ」
「ササハルの?」
ゆったりとしたローブを身にまとった老婆は、ソウモンイン・ササハルの名前を聞いて怪訝な表情を浮かべた。
「何で今更その話を……って、うそ!」
面倒くさそうだった老婆の表情が、一気に驚愕へと変わる。
「リ、リリアサさんじゃないですか!」
「はぁい、ヴィラちゃん、お久しぶり」
どうやら驚きの理由はリリアサのようだ。
当のリリアサは落ち着いた様子で、ひらひらと手を振る。
「トゥンアンゴ王国にいるって聞いてたから、もしかしたらエンナボさんのところにいたりしてって思ってけど、ビンゴみたいね。急にこの国の食糧事情が良くなったのもヴィラちゃんの力があったから?」
「いやいやいや、私のことはいいんですよ!何でリリアサさんがこの世界に」
「来ちゃった」
「来ちゃったじゃなくて!」
ヴィラと呼ばれた女は、歳を感じさせない若々しい口調でリリアサに詰め寄る。
「そうか、時の魔女だったリリアサは、ヴィラ婆と会ったことがあったんだな」
すでにエンナボには、恭之介やリリアサの事情や境遇も話してあった。
「もちろん。だって私が彼女をこの世界に送り込んだんだもの」
「あ、もしかして、この女性も転生者なんですか?」
「そうよ~、恭之介君と同じ転生者」
恭之介は改めて、ヴィラを見る。
元が何色かわからないが、髪はすでに真っ白だった。
しかしそれ以上に、青い目と高い鼻が特徴的で、恭之介の前の世界で異人と言われていた人々に似ているように思えた。
「でもヴィラちゃん、生きてて良かったわぁ。だってもう百三十歳くらいでしょ?」
「ちょ、ちょっと!具体的な年齢は隠してるんですよ、リリアサさん」
「何!?ヴィラ婆、そんなに歳だったのか!」
ヴィラの言う通り、エンナボも年齢を知らなかったようだ。
百三十歳。
それが本当ならば、異常な年齢である。少なくとも恭之介の常識にはない。
「転生者はね、まぁ厳密な言い方をすれば転移者なんだけど、その人たちはね、前の世界で残った寿命も加算されるのよ。だから若くして転生した人は、その分長生きになるってわけ」
「え?ということは私も?」
「そ、恭之介君も。ついでを言えば私も。一緒に長生きできるわね」
リリアサが、はーいと言いながら、恭之介に手の平を見せてくる。どうやら手を合わせればいいようだ。
「百三十……ヴィラは見た目だけでなく、もはや中身まで魔女だな」
「こういうこと言われるから、実年齢言うの嫌だったんですよ~」
「ごめんごめん。でも別にばれたところで、そんな悪いこともないでしょう?」
「まぁそうですけど」
ヴィラは不貞腐れたようにそっぽを向く。
「そうかぁ、先生も長生きされるんですね!」
ヤクが何かすごいものを見ているかのように目を輝かす。
確かに、自分もヴィラと同じように百歳以上生きる可能性があるのか。
しかし、いきなりそんなことを言われても、いまいちピンとこない。
そもそも、自分のような者が、普通の人間の寿命すら全うできるとは思っていない。
自分はきっとどこかで斬られて死ぬのだ。
そう思って生きてきたからだろう。
自分の老後など想像もしたことがないし、今でもできない。
「さて、気を取り直して、ヴィラちゃん、こちらが恭之介君。あなたと同じ、転生者よ」
「あ、そうなんですね、これはどうも初めまして。ヴァランダ・ヴィラと申します。ヴィラとでも呼んでください」
「え、あ、私は音鳴恭之介です。よろしくお願いします」
転生者同士というのが妙に気恥ずかしく、かしこまった挨拶になってしまった。
自分と同じ転生者とこのように話しているのが、なんとも不思議に思えた。
この世界にいるあと一人の転生者、ロンツェグとはまともに話すことはできなかった。
そう考えると、ヴィラが友好的だったのは喜ばしいことだろう。
「この人はね、語学力のギフトしかもらわずにこの世界に来ちゃった変人なの。せっかくギフトをあげるって言ったのに、断っちゃったのよ」
「え?そんな人いるんですか」
「いるのよ、ここに。おかしいでしょう?でも、すっごい強いのよ」
リリアサが自分の持ち物を自慢するかのように言う。
「あの、聞いていいのかわからないですが、ヴィラさんはどんなギフトをもらったんですか?」
どうしても聞きたく、恭之介は遠慮がちに言う。
「あ~、ギフトか。どうしようかな」
「おいおい恭之介、普通は人にギフトを尋ねるなんてしないんだぞ。自分の力をさらけ出していいことなどないからな。君ならわかりそうなものだが」
レンドリックがたしなめてくる。
「あ、確かに、それはその通りですね。すみません、ヴィラさん」
「ん~、でもまぁリリアサさんの知り合いならいいか。どうせわかっちゃいますしね」
ヴィラはあっけらかんとした様子で言葉を続ける。
「私は元々、農学者だったんですよ。いわゆる、農業を発展させるための研究者。だからギフトは、植物を鑑定できるギフトをもらったんです」
「植物を鑑定する?」
恭之介とは全く専門が違う分野である。
「まぁ簡単に言うと、この植物は食べられるのか、どうやって育つのか、どういう特性があるのか、なんてのがわかる農学者にとっては垂涎のギフトなわけです」
「はぁ」
「まぁ、せっかくの新しい世界に来たので、私はこのギフトを使って、一人のんびり農業したり、新しい植物を調べたり、それを品種改良したりして、ひっそり長年暮らしてきたわけですよ。それなのに……」
「俺が無理やり引っ張りこんだわけだ」
エンナボが大きな声で笑う。
「まぁ正直、はじめは迷惑な話ではありましたが、エンナボ様がしようとしていることは人々のためになるし、そもそも私が農学者を目指したのも、貧困を減らすためでしたから」
「なるほど。トゥンアンゴの食糧事情が一気によくなったのは、ヴィラ殿のおかげもあったのだな」
「そうさ、俺は本当に持っている。こんなギフトを持った転生者が、自分の領土にいて、しかも協力してもらえた。こんな幸運はない。ヴィラに救われた国民は山ほどいるぞ」
レンドリックの言葉にエンナボが大きく頷いた。
「やめてください。私はあくまで学者で、農業については指導しかできません。実際に作物を育てるのは、農民の皆さんで、その人たちが安心して農業に従事できるのは、政治が安定しているからですよ。私のギフトができることなんて、本当に些細なことなんです。人々の努力を無視してはいけませんよ」
「おう、そうだったな、すまんすまん」
最後は説教のようになったヴィラに対し、エンナボがへこへこと頭を下げる。
きっと普段もこんな話をしているのだろう。
「でも良かったわ、ヴィラちゃんが幸せそうで。しかもギフトを人のために使ってくれていて」
笑顔のリリアサだが、その奥にはわずかに陰りが見えた。
恭之介はその陰りの理由がわかる気がした。
「まぁ、私みたいなおばあちゃんのことはいいんですよ。それより、リリアサさんたちは何をしに?何ですかこの会合は?」
「そうだった。ヴィラ婆、こいつらにソウモンイン・ササハルのことを話してくれ」
「……だからどうしてササハルのことを?」
「同盟を結ぶにあたって、長年、黄泉の街道の護り手となっているソウモンイン・ササハルを倒してもらうことにしたんだよ」
「ササハルを、この人たちに?」
「ヴィラ婆も楽にさせてやりたいんだろう?」
「そう……そうですね」
ヴィラは何か思い悩むような表情を一瞬見せたが、すぐに切り替え、大きく頷いた。
「わかりました。でも、話すのはいいのですが、この人たちにササハルを倒せるのですか?これ以上、彼に無意味に人を殺してほしくはないんですが」
「俺は勝てると踏んだ。何せ、俺を含め、トゥンアンゴの強者を集めて、チーム戦をやってもこいつらには勝てない。それほどの奴らだよ」
「はぁ~、自意識過剰のエンナボ様がそこまで言うとは……では本当に強い人たちなんですね」
「おいおい、自意識過剰とはなんだ」
「エンナボ、チーム戦いいな。そのチームにはルナも入れてもらえるんだろう?ぜひやろう」
「いや、チーム戦はやらねぇよ」
「ちょっと!」
長らく大人しくしていたキリロッカだったが、さすがに終わる様子のない話にいらいらが爆発したようだ。
「いつまでうだうだ話してんのよ!あたしそろそろ街を観光したいんだけどっ」
「おぉ、悪い悪い。とにかくヴィラ婆、話してやってくれ」
「わかりました。少し長くなりますが、昔話をお聞きください」
「え!長くなるの!?あたしいなくてもいい?」
爆発してしまったキリロッカが、空気を読まない発言をする。
「私の大切な人の話なんです。もし戦うのであれば、ぜひ彼のことを聞いて欲しい。どうか聞いていただけませんか?」
「え~」
不平を垂れながらも、礼儀正しく面と向かってお願いされたことで、キリロッカはそれ以上、反論はしなかった。
もしかしたら礼儀を尽くされるのに弱いのかもしれない。
「戦うのであれば、知ってほしいんです。私の大切な友人たちの話を」
そう言って、ヴィラが昔話をはじめた。
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