20話 常識だと誰も教えてくれない
「は?こっちは仕事で炎国へ行ってるんだよ。金を払えば何でもなると思うな。」
そ、そうでした。いい考えだと思ったのですが、お仕事で炎国に行っているのでした。
「ザック!奥様の言うことは絶対です。」
マリアがそう言いながらザックさんの頭を片手で鷲掴みしています。
「痛っ!この凶暴狼が!だから、暴力で何でも解決すると思うなよ!」
「ザック。このまま頭が潰れるか、奥様の提案に乗るかどちらかです。」
「わかった。わかった。キョウを付けるからそれで勘弁しろ!」
マリアのアイアンクローに屈したザックさんが別の人の名前を出してきました。
「キョウ・・・ザック。貴方が炎国を案内しなさい。」
「俺は仕事だと言っているだろ!キョウならあっちでは手が空いてる。」
「役に立たないから手が空いているだけですよね。」
「おう。」
マリアは反対しているようだけど、手が空いているキョウさんにお願いすればいいでは?
「マリア。そのキョウさんという方に案内してもらえばいいのではないのですか?」
「キョウは気分屋なのでだめです。かくれんぼの鬼役をしていても、一人昼寝していましたし、訓練していても一人昼寝していました。だから、ダメです。」
お昼寝が好きなのですね。
「キョウなら案内役に付けてやってもいい。じゃ、仕事中に引っ張って来られたから帰る。マリアその凶暴性を直さないと嫁に行けないぞ。」
「私は主を見つけましたので、嫁には行きませんよ。」
主?マリアの言葉にザックは私を見ました。
「主ねぇ。狼獣人の習性は俺たちには理解できん。じゃ、明日の朝に港に来い。」
そう言って、ザックさんは帰って行きました。
「クストごめんなさい。私、炎国のこと全然知らないのに行きたいだなんて言ってしまって。」
「ユーフィアは悪くない。きちんと説明をしなかったラースの嬢ちゃんが悪い。はぁ。そうだよな。鬼の国だもんな。受け入れられるか微妙だよな。」
・・・鬼の国。鬼の国ですって!
「クスト。鬼の国ってどういうことです!」
「え?炎国と言えば鬼の国だろ?」
そこ大事!なんで誰も教えてくれなかったの?鬼族ってことは角があって凶暴な種族って聞いたことがある。
もしかして、常識だったりするの?
「えっと。それっ誰も教えてくれなかったってことは常識だったってこと?」
クストとマリアとセーラが一斉に私の顔をみてハッとした表情をしました。
「奥様に常識だと思って言わなかったマリアのミスです。申し訳ございません。」
マリアが謝ってきて頭を下げています。
「そうですよね。黒に対する忌避感がない奥様が炎国に行きたいと言われた時点でわかることでした。」
セーラがそう言って困った顔をしています。
「ユーフィア。知っていることだと思って、わざわざ言わなかったのだが、知らなかったのか?だから、炎国に行きたいと言い続けていたのか。」
クスト、ごめんなさい。私に常識がなくって、まさか、行きたいと思い続けていた炎国が鬼の国だなんて知らなかったのよ。
「常識だったのね。」
「はぁ。常識というか、炎国の名前が出るときにはあの国の種族に対する話が付随して出てくるからなぁ。しかし、ユーフィアの情報源があのラースの嬢ちゃんだとすれば、嬢ちゃん自身そんな種族にこだわりはなさそうだからな。一々、言わなかったのだろう。」
ここまで来てそんな新事実を突き付けられました。私、本当に知らない事が多いのですね。これではあの少女に興味が無いもの以外知らないと言われてしまうのも仕方がないことなのかもしれません。
「クスト。ここまで来てなんですけど、炎国に行くのはやめましょう。」
皆にこれ以上迷惑をかけるわけには行きません。
「ユーフィアの心はどうなんだ?」
え?
「ユーフィアの思いは炎国に行きたいのか行きたくないのか、どっちなんだ?3年もの間、行きたいと思い続けたのだろ?」
私の思いは行きたいです。あの少女が勧めてくれた国です。魂の故郷が同じ少女が言ったのです。『炎国の桜は美しいです。』と。
あの時の少女の表情が忘れされません。普段は人形の様に無表情の少女が寂しい様な苦しい様な、そして、大切な人を失ったかのような表情をしたのです。
あの少女にそんな表情をさせた炎国に行ってみたいのです。そこに何があるのか見てみたいのです。そうすれば、また一歩進めそうな気がするのです。
この異世界で歩めそうな気がするのです。
「行きたいです。」
その言葉にクストは笑顔になり
「ユーフィアの願いは俺がなんでも叶えてやる。だから、遠慮なんてしなくていい。」
「マリアも奥様の為に奥様の願いを叶えますから、なんでも言ってくださいませ。」
「セーラもです。次は失敗しません!」
私は皆にとても愛されているのですね。ああ、とても幸せです。




