25 雪子、予約をしない
「みなさん、今日の公演は絶対に成功させましょうね」
蒼月が集まった一同に声をかけた
今日は月影流の年に一度の若手の発表会(仲秋会)である
着物がレンタルできなくなるトラブルがあったが至る所から着物をかき集めた
また用意できた着物に合わせて演目を決めるという苦労もあった
そして、ようやく若手の発表会の当日を迎えることができたのだ
当然意気込みが違っていた
「「「「「「はいっ」」」」」」
妹弟子を始めとした一同が返事をした
この三カ月の苦労を思い、姉弟子の蒼月と同じ気持ちだった
もうこれで大丈夫皆がそう思っていた
ところが10分後
「一体どういう事ですの!」
蒼月のどなり声が響きわたっていた
ウキウキの気分でホールに乗り込んだ
例年通りに控室に行ったところ
「え?・・・」
蒼月は固まった
先頭を切って控室に入ったら設営している業者が忙しく働いていたのだ
一瞬、何が起っているのか理解できなかった
あまりのことに頭の中が真っ白になり棒立ちになった
<ザワザワザワ>
後ろに居る妹弟子達の小声での囁きで我に帰った
ホールの係員らしき人間を捕まえて問いだ出した
しばらくバタバタした後係員が言った
「こちらの部屋はご予約されていません」
蒼月以下、月影流一同は再度棒立ちになった
一体どうなってますの
皆の心が一つになっていた
「こちららが契約の明細になっています」
係員の上司がやってきて書類を差し出した
ちなみに上司の仕事が早いのはトラブルが起ると困るためである
できるだけ早く解消したい気持ちから速攻で契約の控えを持ってきた
蒼月が奪い取って見ると公演する大ホールとそれに付属した小さな楽屋だけが契約されていた
「どういうことですの?!
いつも使っていた大きな楽屋がないじゃない!」
蒼月が叫んだ
毎年ホールの隣の大きな部屋をパーティションで区切って着替えの部屋にしていた
ところが今年はそれが契約されていなかった
怒るのは当然であった
「過去に月影流様が別室の契約をしたことはおりません」
係員の上司は慇懃無礼に返事した
『去年と同じ契約で』と言われたからやったのに文句を言われたらたまったものではないのだ
文句を言うなら最初っから細かく指定しろ、である
ホールは公共の施設である
当然上司は公務員
御客様の事情を忖度してミスをフォローするという忖度はサービスに入っていないのである
いままでは雪子が冷泉院に代わり大小の会議室を契約していたそうである
それを月影流が『無償』で使っていた
そういう説明だった
「判っていたならそういいなさいよ!」
そう言う蒼月に対して
「今年も今まで通りと月影流から注文があったのでその通りにしたけど何か問題が?」
さらに慇懃無礼に返された
蒼月は怒りのあまり真っ赤になっていた
ここで少しネタばれである
多目的ホールは公共の施設である
もっとも近年娯楽の多角化で寂れる一方であった
当然のことながらそこで働く職員はリストラの対象だった
職員の中で公務員は一握りである
他は契約社員である
要は景気が良い時には雇い、景気が悪くなると切り捨てる使い捨ての雇用調整弁である
そんなギリギリの身分でしか生活できない不条理に晒されながら生きていた
そんな所に手を差し伸べたのが冷泉院である
誰も使わないの?
だったら使ってあげるよ?
そう言って誰ひとりリストラすることなく雇用を守り切った
そこまでされて恩に着ない人間はいない
かくして影の親衛隊ができあがった
そんな人間にもたらされて雪子の破門劇
なにせ、同じ大ホールを使っていたのだ
目撃した人間は多数
その日のうちに契約社員全員に広がった
・・・なお公務員である上司は完全に蚊帳の外であった
リストラの一件でかなり嫌われているのであるから当然である
当然のことながら部屋が足りなることは判っていた
でも誰も知らせなかった
いや確認しなかった
もしも問題が起ったら
「業務外ですから」
そう言って言い訳する気満々であった
「だったら追加で契約するわっ!」
蒼月が雪子が契約していた分を今から行うと言ったが
「すでに(某企業の)イベントで使っているので無理です」
と上司からバッサリ断られた
休日の昼間の都市一番の多目的ホールの部屋が当日にとれるわけがないので当然の返事である
蒼月は、いや月影流一同は絶望した
日本舞踊は只でさえ衣装や小物が多いのだ
大ホールの隣の狭い楽屋では全部を入れる事はできない
また人も全員が入ることができない
絶望するのも当然であった
出演順に順番に使う
それが決まるまで混迷が続いた
月影流は結局希望の着物のレンタルができなかったため今までと比べて粗末な着物となった
各自が持っていた着物を融通しあって用意したのだから当然である
着物が地味なため演目も地味なものになった
さらに着物の調達でバタバタしたため集中して練習が出来なかった
さらに当日に控室がないというトラブル
若手の発表会は見事に失敗した
・・・成功する要因があるなら言ってみろ、であった
客席から見ていた月影流の家元はあまりのふがいなさに舞踊家の魂である扇子を折っていた
それを雪子が聞いて喜ぶのはもう少し後の話である




