24 雪子、大姉弟子に頭を下げられる
「すみませんでした」
大姉弟子(姉弟子の姉弟子)の暖雪が訪ねてきて雪子に頭を下げた
一見、全面降伏である
しかし頭を下げているのは原因となった蒼月ではない
まったく関係がない大姉弟子の暖雪がなぜか頭を下げていた
そのために雪子は呆れた
一体どういうことなのか、と
本来の目的は勝田良子や蒼月への嫌がらせである
雪子としては蒼月が謝りにくると思っていた
年下である雪子へ頭を下げる屈辱から勝田良子へ報復がいくことを狙っていた
しかし実際には雪子の大姉弟子が来て謝っていた
人生ままならないものですね
雪子は内心で呆れた
もちろん半分は自分自身に、である
読みが甘かったのには訳がある
昨日今日からの復讐者だからだ
イジメを行う人間というのは昔から行っているため鉄壁である
たとえ教師にチクられようと
『ふざけていただけです』
と責任を回避する
そして人の居ない所で
『言いつけやがって』
と難癖を付ける
まさに最強、いや最狂である
そんな人間においそれと追いつくものではない
復讐の初心者である雪子の道のりはまだまだ遠かった
話を元に戻す
さすがに家元や芸名に月がつく直系は謝罪にこなかった
権力者などというのはこんなものであるから当然の結果であるといえる
代わりに謝っているのが全然関係のない大姉弟子であるのを不思議だと思わない時点で月影流の上層部の腐り方が判るというものだ
しかし明らかに予想を外れた事態に、雪子は勝田良子への嫌がらせをするにはどうすれば良いのかを考えた
ピンチはチャンスだよ
冷泉院巌からのアドバイスが頭の中で聞こえてきた
そうですね、お父様
雪子は決心した
以前、雪子がいじめを受けている事を知った巌は雪子と二人っきりで長い間話をした
いじめられた内容
その時の心情
その他イロイロ
巌は雪子の隣に座り肩を抱き「うんうん」と同意することで雪子の心に寄り添った
また、
「雪子は悪くないよ」
と雪子の手を握り言い続けた
おかげで雪子はいじめっ子からの呪縛から解き放たれた
いじめというのは一種の洗脳である
虐めっ子が上
虐められっ子が下
だから虐められっ子は反論も反撃も反抗もしてはいけない
・・・実に悪質な洗脳である
巌は雪子の話からその洗脳を認識した
それゆえ洗脳を解くことが出来た
こうして雪子はいじめから解放された
もっともこれは稀なケースである
学校の先生も教育の専門家を自称する人間もそのへんを全然判っていないからである
虐められっ子と虐めっ子を握手させ
「はい仲直り!これでおしまいっ!」
こんな解決を最善と考える教師ばかりなのだ
いじめがなくなるどころか陰で行われるという悪質化につながることが判らない
頭が悪いとしか言えないのである
閑話休題
雪子の洗脳を解いた後、巌は雪子に色々なことを教えた
その中に問題が起った時の対処法があった
巌が過去に起った事例を話す
雪子が対処法を考える
巌が実際の成功例を教え、勝因を議論する
といったアメリカのMBA等で行われている実践的な教育法であった
おかげで雪子は学生以上、会社の役職者以下の知識と経験を身につけた
その際、巌はワンフレーズを使い記憶を強化した
ピンチはチャンス
それもその一つだった
・・・実際に役だっているのだから巌の教えは正しかったといえよう
大姉弟子が情報を背負ってやってきた
雪子は方針を変えた
現在月影流の現状を雪子は知らない
いや知ることができないというのが正しい
破門されたのだから当然である
・・・もっとも家元ではなくその取り巻きの取り巻きの蒼月なので正当な破門かどうかは疑問である
まあ正当か邪道かは別として破門されたのは事実である
それによって雪子は月影流の現状を知ることはできなくなっていた
なにせ勝田良子へ嫌がらせするためにはその姉弟子の蒼月どころか月影流を潰すことも考えているのだ
圧倒的に情報が不足しているといってよい
勝つためには正しい情報が必要なのである
芸名に雪がつく雪子(芸名、淡雪)の大姉弟子(芸名、暖雪)が使者として訪ねてきたのは当然のことながら家元からのお願いである
知り合いならば許すだろう
そんな考えが月影流の家元にはあった
だがそれを雪子は推察することはできても確認することはできない
そこが問題であった
事態を正確に把握せずに動くと失敗するからである
そんな困った状況のところに大姉弟子がきたのだ
情報を搾り取りましょう
雪子はそう思った
・・・大姉弟子とはいえ月影流に居る以上容赦はしないのであった
「『すみませんでした』とはどういうことですか?」
雪子は会話の主導権を取ることに腐心した
大体
「すみませんでした」
と言うのは『謝るから許せ』という一種の強制である
謝りに来ていながら少しでも有利な条件や状況に引きずり込む
これで謝罪していることにするのだからふざけているとしか言えませんわ
雪子はそう思った
・・・巌の洗脳は悪質であると言えるかもしれない
謝罪を悪質な押し付けと判る人間は少ない
人間それほど利口、いや悪質ではないのである
悪意をもって事態をシニカルに見ている雪子が正しいかいうと微妙なのではある
だがそこにツッコミを入れる人間は存在しなかった
当然のことながら年上であっても大姉弟子は謝罪と言う名の押し付けを意識していなかった
おかげで雪子は情け容赦なく情報を搾り取ることへの罪悪感がなくなった
かくして雪子は月影流の現状を正確に把握することとなった
以下は搾り取られた情報の抜粋である
冷泉院の加護がなくなった月影流に着物をレンタルする者はいなくなったそうである
なんの得にもならないのだから当然である
そもそも3カ月前に着物を予約できると考えること自体、頭がおかしいのである
そういう意味でも相手にされないのは自業自得であった
・・・業者から面と向かって言われた月影流の面々の顔は真っ青だったというのを聞いて雪子は見てみたかった、と思った
着物がない日本舞踊はただのダンスであるため雪子との和解は月影流の重要案件となったそうである
しかし原因となった蒼月か家元の月影は年下の雪子相手に頭を下げることを良しとしなかったらしい
だから同門の別派閥の姉弟子に後始末を押し付けたとのことだった
「戻ってくるなら名取くらいなら許してやってもよいわ」
そう言っているそうである
それらを雪子に乞われるまま大姉弟子は喋り続けた
なにせ雪子の機嫌を損ねたら交渉はそこで終了なのである
ある意味ヌルゲーであった
もっともすべてを聞いても雪子は許す気はなかった
大体高値で買った喧嘩を「はいそうですか」となかったことにはできないのである
理性が許しても感情が許さないから当然である
「私は破門されて無関係なのでどうしようもありません」
雪子は全ての情報を搾り取った後、和解を拒否した
知っていることすべてを喋った大姉弟子は許されると思ったいたためショックのあまり真っ青になっているのを見て雪子は心が痛んだ
今までいろいろと御世話になってきたのだから当然である
だからといって苛めっ子への復讐を辞める訳にはいかない
先に手を出してきたのは蒼月だし?
そう思うことで心を鬼にした
一方、雪子の答えを聞いて大姉弟子は困っていた
それはそうである
関係が破たんしたせいで流派が大苦境なのだ
見事に家元と雪子の間に挟まれていた
中間管理職の非哀を見事に体現していたとも言えた
そんな所に
「大体一人に向かって大勢で責めるとかイジメですよ?
い・じ・め
そんな月影流に居てなんになります?」
と雪子からの追い打ちが来た
蒼月との諍いを持ち出して責めてきたのである
言われた暖雪ば言葉もなかった
年下の人間に対してやることではないのだから当然である
またすでに終わってしまったことなので今からはどうすることもできない
完全に負け戦であった
暖雪は手持ちのカードが全くない状態なのでどうしようもないともいえた
だから
「大変申し訳ないです・・・
今後はそんな事がないようにするとのことです・・・
だから許して欲しいそうです・・・」
上司と部下に挟まれた中間管理職のようなことしか言えなかった
あるいは頭を下げることしかできなかった
大姉弟子は決定権が一切ないのだから当然である
本来ならば家元当りが交渉権なり譲歩の材料を与えるべきであった
それなのに何一つ与えずに交渉に向かわせたのは悪手であると言える
もっともソレがまかり通るのが女の世界であった
ある意味これもいじめだよ
雪子が暖雪へと
家元の暖雪への
と雪子はそう思った
もっとも雪子から暖雪へのイジメについては冤罪である
家元が仕組んだといっても過言ではない
そういう意味でも月影流へのヘイトが更に増えることになった
大体頭を下げれば許されると思うその根性が気にくいませんわ
また、頭を無関係な人間に下げさせるなんてふざけてますわ
問題を起こした蒼月が頭を下げないのも問題ですわ
破門を撤回しない家元にも問題がありますわ
そう思い、雪子は月影流を絶対に許さないことを胸に誓った
そういえば着物レンタルへの救済をどうしましょう?
雪子はふと気が付いた
良い感じで復讐をサポートしてしてくれたのがお礼をしない訳にはいかないのである
大体、今では着物を着る機会なんてものは皆無である
精々が成人式か結婚式
あと女性ならば葬式
それくらいである
昔と違い着る機会も人間も少なくなった
作る人間の生活は年々厳しくなっていた
そんな所に手を差し伸べたのが冷泉院である
生糸生産
着物作成
絵付け
レンタル
補修
その他イロイロ
技術は一度失われたら二度と復活しないため、すべての工程を継ぐ家を手厚く保護していた
まあ全国というわけにはいかない
最低限の10家程度である
当然のことながら月影流の着物のレンタルもその中に入っている
雪子が月影流に居ることもあり優遇していた
大事なお嬢様のお友達扱いである
ところが雪子が脱退するとなれば話は別である
件の顛末もしっかり調べつくしていた
そのためお嬢様の敵は私達の敵、とばかりにイケズが始まったのも当然である
おかげで月影流へ一矢報いることができた
まさにナイスアシスト、である
これから先、月影流を使って勝田良子への復讐も期待できるというものである
とりあえず受けた恩は速攻で返さないといけませんわ
巌からの薫陶の成果である
人に施しても見返りを求めるな
人に施して貰ったら恩を返せ
というのが巌からの教えであった
一見不条理に聞こえるが人間自分がやったことは過大評価し、やられたことは過小評価するものである
それゆえの言葉であった
だから雪子は今日にでも出向いて感謝を伝えるつもりだった
正式なお礼は後日になるだろうがそれを予め教えておくかどうかで好感度に大きな違いが出るのだ
いや言わないと逆に恩知らずといつのまにか離れていく
それほど人間関係というのは複雑なのだ
それを知らず謝罪一つできない月影流が滅ぶのは時間の問題だった
いや勝田良子へ、ひいては勝田正への報復のための材料として雪子に滅ぼされるのは必然であった
はやく恩返しをしなければ!
そう思う雪子は情報を搾り取って滓となった暖雪を早々に追い返した
そのため大姉弟子は肩を落として帰っていくことになった
御愁傷様である
という一連の騒動が冷泉院の経営するホテルのラウンジで行われたため月影流の名が地に落ちたのはその夜のことだった




