21 雪子、宣戦布告をする
冷泉院雪子は姉弟子の着付けの手伝いをしていた
忙しくて目が回りそうという諺を実感するほどであった
日本舞踊というのはゆっくりとした動作だと思われがちだが実か結構激しい動きをする
そのため着物をどんなにきつく締めつけても踊っている途中で緩んできてしまう
それゆえに気付けには熟練の腕とそれなりの時間が必要になってくる
時間を止めることができたら、と思うほどである
そんな忙しい中、別派閥の蒼月がいきなり控室に入ってきた
そして言った
「淡雪、着物を貸しなさい!」
台詞も態度も命令形だった
そこに雪子はカチンと来た
以前ならば内心では貸したくないと思っても貸していただろう
だが今は違う
学校でのイジメを経験して成長したのだ
・・・性格が悪くなったとも言う
「あいにく持ち合わせておりません」
一切の忖度のなく雪子は返事をした
年上相手によくもここまで言えるまで成長したものだ
雪子は内心、自分で自分を褒めてみた
一方断られた蒼月は
ブルブル震えていた
格下の雪子に断られたからである
頭に血が上り
「早く貸しなさいっ!」
と責め寄った
なにせ舞踊家としてのキャリアに汚点がつくかどうかの瀬戸際なので当然である
しかし雪子は取り合わなかった
証拠もなく人を嘘つき呼ばわりするとは失礼な!
理不尽な要求に腹を立てていたからである
・・・予備の着物が手元にあるのはこのさい無視である
やはり父親の言うように怒りは最高のガソリンですわ
雪子は怒りながらもそう思った
そしてイジメを機に色々と世の中の渡り方を教えて貰った事に感謝した
もっとも誰かが聞いたら、大人社会の汚い手口を高校生の娘に教えてどうするんだと非難する事だろう
運転手が待機している車の中にはしっかり予備の着物が置いてあるのは秘密ですわ
雪子は思った
下手に手札を晒すと逆に雪子の方が窮地になるからである
もっとも父親の薫陶を受けて日々実践している雪子が失敗することはないのであるが
それに雪子の着物を貸す貸さないは雪子の自由である
強引に借りようとする人間の方がおかしいのである
しかしそれが判らない人間がいるのが現実である
あまりの愚かさに
下には下がいる
雪子は内心呆れていた
「いいから早く出しなさいよっ!」
出演の時間が刻々と迫っていることから蒼月の妹弟子達が騒ぎ出した
姉弟子が姉弟子ならば妹弟子も妹弟子である
似た者姉妹であると言えた
どこからどう見ても恐喝ですわ
雪子はあきれ果てて声も出なかった
それを自分達に屈したと勘ちがいして蒼月一派はさらに騒ぎ出した
このまま押し切って着物を強奪しようとした
もちろん雪子は負けるつもりはなかった
なにせ相手は着物がない
そして雪子にはある
すでに勝敗は決まっているのだ
頭を下げさせて恩に着せるのも良し
見捨てて恥をかかせるのも良い
どちらを選んでも雪子に損はなかった
そう言えば
すでに踊った誰かの着物を頭を下げて借りる
というのもあるわねと雪子は思った
どれを選んでも汚点になる
そしてこの先延々と語り継がれることだろう
そう思うと雪子は内心笑いがとまらなかった
実はここまでするのには訳があった
蒼月の妹弟子が雪子をいじめていた勝田の姉なのだ
相手を殺るならば周りからやるのが効果的
というのが雪子が父親の冷泉院巌からの受けた教えだ
それをOJTするための練習台を探していた
そしてようやく機会が訪れたというわけである
つまり蒼月は完全にとばっちである
もっとも上から目線で着物を強奪しようとしたので自業自得なのではある
破滅させるための準備はすでに終わっている
後はチャンスを待つだけ
そんな雪子の前にノコノコと現れる蒼月は運が悪かっただけである
雪子にとって今回の事件は待ちに待った絶好の機会
逃すはずはないのであった




