1 主人公、いじめられる
冷泉院雪子が教室に入ると机がゴミまみれになっていた
最初は自分の机だとは判らなかった
いや思わないようにしていた
厳しい現実から目を逸らすためだ
しかし近づくにつれて自分の机であることがはっきりした
何かの間違いでは
雪子は現実を受け入れられないためにそう思った
とことん往生際が悪かったが虐められている人間の心情はこんなものである
だれが自分の不幸を喜ぶと言うのだろう
とくに虐められている人間はその傾向が強い
一般人には判らない感覚であろう
判るのは実際に虐められたことがある人間だけである
しかし雪子の必死の逃避にも関わらず、何度確認しても自分の机であるという現実だけが残った
自分の机が汚された
それを綺麗にするのはおそらく自分である
そして元ゴミまみれの机で勉強をさせられる
なぜ何も悪い事をしていない自分がこんな目に遭わなければならないのか
なぜ人に対してこんなにも酷い仕打ちを平気でできるのか
人としておかしい
誰も助けてくれない
いろんな感情がごちゃ混ぜになって雪子の中で吹き荒れた
そして雪子は自分の中の表現できない感情に耐えるためカバンを両手で抱きしめた
<ギュッ>とカバンが潰れそうになるほど抱きしめた
何度も何度も抱きしめた
自分にこんなに力があるのかと驚くくらい力を入れた
しかし、自分の中から力が湧いてくるとか、前に一歩踏み出す勇気は全然出てこなかった
あたりまえである
そんなご都合主義はマンガか小説か映画の中だけである
したがって雪子には目を逸らしたくなるような厳しい現実だけが残った
絶望のため雪子はその場で立ちすくむ以外手はなかった
雪子がどうすれば良いのか判らずに立ちすくんでいると
<クスクスクス>
教室の至る所から嗤い声が聞こえてきた
だが雪子は声がした方を見れなかった
見ると自分にとって好ましくない現実が付きつけられるからだ
だれが好き好んで絶望に突き進んでいくというのか?
そういうことだ
しかし雪子が立ちすくんでいても事態は過ぎ去ってはくれなかった
それはそうである
この場は雪子が虐められっ子という名の主人公なのだ
主人公が動かないと話しが進まない
世の中の理である
声がした右の方を意を決して<そーっ>と見てみた
精一杯の勇気を振り絞って、だ
悪意が蔓延する教室の中では頭を動かすのだってかなりの精神力がいるのだ
雪子は
誰かが助けてくれるかも?
と内心思いつつ動いた
さすがに雪子も
『誰かが助けてくれる』
ことは無いと判っている
でも万が一、億が一でも奇跡が起こるかも
あるいは誰かの気まぐれが起きるかも
そう思った
いや、そうでも思わないと見れないからだ
自分で自分を騙さないと動けない
虐められっ子の悲惨な現実である
そんな勇気を振り絞って頭を動かし、声が上がった方を見てみた
しかし見られた女子生徒達からは
「何見てますの?」
と尖った声が飛んできた
ついでに顔も嫌悪感で歪んでいた
見るだけでもダメとはとんでもないいやがらせである
でも雪子は何も言えなかった
ただうつむくだけだった
あちらは三人に対してこちらは一人の多勢に無勢だから当然である
おまけにあちらは口が回る
黒でも白にするだろう
一人な上に、口が達者でない雪子に勝ち目はない
それが判っているので何も言えなかった
ただうつむくことしかできなかった
学校内は正義や法律とは違うルールで動いている
そこは大人の社会と同じである
だから真面目な雪子は俯いていることしかできなかった
だがしばらく下を向いていたのだが事態は全然進まなかった
それどころか周囲からは
『早く話を進めろ』
と無言のプレッシャーが伝わってくる
周囲は哀れな羊をこづきまわして嗤う気満々であった
選択肢がない雪子はまたしても勇気を振り絞って、先ほど見た方とは反対の左側を見た
右側を見ると心ない言葉が飛んでくるからだ
左側からは言葉の矢が飛んでこないといいな
と雪子は願った
しかし
「見てるんじゃねえよっ!」
今度は男子生徒の逆切れだった
雪子はまた下を向いた
いったいどうすればいいの?
誰か教えて、と思った
ところが誰も何も言わなかった
誰も助けてくれなかった
この教室に味方は誰もいない
雪子は実感した
いや判っていたことだが、改めて厳しい現実を思い知った
雪子が立ちすくんでいると
「まあ、可哀想ね(くすくすくす)・・・」
との嗤い声が聞こえてきた
絶対に可哀想とは思っていないのが丸判りの憐れみの言葉だった
それで雪子はクラスメイト全員が敵であるのを改めて認識した
その時、どこからともなく
<ぶちっ>
と言う音が聞こえてきた
その時は何の音かは判らなかった
しかし後で雪子は思った
堪忍袋の緒が切れる音というのは本当あるんだな、と
音がした瞬間、雪子の心は軽くなった
何でも出来そうな気がしてきた
そして無意識ながら判った
自分の心が一切の制限から解き放たれたことを
何か大事なモノが自分の中で無くなった
そのせいだろう
本能的に思った
そして内心涙した
自分だけが失うばかりだ
学校生活しかり
たのしい青春時代しかり
普通の日々しかり
自分の中の亡くしてはならないナニか
クラスメイトは楽しい学校生活をしている
何一つ失うものはない
一方、雪子は失ってばかり
その対比に絶望した




