別離
彼女と同じ上位クラスに所属していた優秀な親友は、その教師の助力もあって有名難関大学に合格した。その報告とお礼を高校まで言いに行くのだが、一緒にどうかと親友は彼女を誘った。当然親友も彼女と同じクラスにいたのだから、彼らの不仲は承知しているはずだ。一瞬正気を疑ったが、のこのこと現れた嫌いな教え子の姿を見て、教師がどんな顔をするのか気になった彼女はその誘いに乗った。
結論から言うと、彼女は教師に会えなかった。親友があらかじめ担任にアポを取り、その担任が彼女も来ることを教師に伝えたらしい。その親友の担任というのが、彼女とかつて進路指導室で会話をした元担任であった。何処までもお節介な人だ。結局教師は職員室に閉じこもり、用のない彼女を遠ざけたのだ。
(そこまでして、会いたくないのか。嫌われたもんだ、ほんと)
そちらが会いたくないと言うならば、無理に会う必要はない。彼女も職員室には近寄らず、教師何人かと会話してそのまま帰路に着いた。
「臆病者め」
親友と別れた帰り道、彼女は呟いた。
(もうこれで、二度と会うことはないでしょうね)
かの教師は、彼女たちの卒業とともに高校を去るという。
(ああ、清々するわ)
一世一代の大喧嘩。
彼女はもう二度とこれからの人生でこんな喧嘩はしないのだろうと苦々しい記憶を封じた。
かの英語教師がこの世を去ったと、彼女はそう親友に聞いた。齢だったからねえ、と親友は呟いた。
「葬式、行く子いるみたいだけど。どうする?」
携帯をいじりながら、親友は彼女に問いかけた。彼女は目を丸くして、
「行くの?」
そう聞き返した。
「うーん、迷ってる。お世話になったからね」
「そう。行って来たら?」
「行かないの?」
「逆に聞くけど、行くと思う?」
「…思わない」
「愚問にもほどがあるよ。自分が嫌ってた生徒が来たって迷惑でしょ」
「でもあの人、なんだかんだツンデレだったし。迷惑とは思わないんじゃないかな」
「思い出したくもないでしょうに」
「忘れたくても忘れられない生徒だったと思うよ、あなたは」
「…ふん」
(そりゃ、こんな反抗的な生徒…)
男であるなら、いたかもしれない。だが、女はきっと初めてだっただろうと彼女は確信めいた何かを持っていた。あのような態度であったものの、扱いにとても困ったような様子であったから。
帰り道、彼女の小さな胸に湧き上がるは後悔か、歓喜か。
もはや誰も理解できまい。
所詮、ただの教師と生徒。それ以外の何者でもなかったのだ、彼らは。
「あなたを思い出すのはきっと今日が最後です」
歌うように、呟いた。
「あなたのせいで、私はしばらく白髪恐怖症になりました」
若い教師陣の中、かの教師の白髪だけは遠目から見てもよく目立ったのだ。
「私の方が、きっと悪いのでしょう」
認めたくはないが、七割ほどは自分が悪いと彼女は思っていた。
「でも、そりが合わないのは誰にも解決できませんからね」
生まれた亀裂は、もう元には戻らない。
「私のこと、お嫌いでしょうけど。祟らないでくださいよ」
本当は、さっさと死んでやろうと思っていたけれど。
まだ若い小娘が、年老いた自分より早く逝ったと知った時、あなたがどんな顔するのかやっぱり気になったから。
「でも、それも叶いそうにないですね」
あなたは逝って、私は生きていかなければならない。
(教師と生徒としてでなければ、もっと仲良くなれたんじゃないかなって思いますよ)
「……いや、あり得ないな!」
(こんなこと、思う時点で気が狂っちまってるよ)
「さよなら、せんせい」
あなたは、私のこと嫌いだと思うけれど。
「私もあなたのこと、大嫌いです!」
最期に空に向かって、彼女はそう叫んでやった。
結末というのは、いつでもお粗末なものである。
完結です。ありがとうございました。