幼い反抗心
「おい、答えろ」
名前も言われず、視線だけで指名される。このふんぞり返った態度が彼女の嫌悪感を煽った。
「…わからないです」
へら、と笑いながら言うと瞬時に教師の表情が曇る。
「予習やってないのか」
彼女は答えに迷った。問題は複数ある。「やったけどわからなかった」と言えば、他の問題を当てられかねない。与えられたのに真っ白なプリントは、まさしく彼女が勉強を放棄したことを示していた。
「やってないです」
視線をそらして、こう答えるしかなかった。教師の表情は険しくなって怒りに歪む。
「なんでだ」
「わからなかったんです」
「全部か?最初からやる気なかったんだろ、お前」
「……」
図星である。彼女が無言でいると、教師はこれ見よがしにため息をついた。
「なんでさあ、お前のようなやる気のない生徒がここにいるわけ?みんなに迷惑だぞ?」
英語はクラスが上中下と三クラスに分かれていた。彼女は上位クラスのビリとしてギリギリその教室に入り込んでしまったわけで、望んでそのクラスに入ったわけではなかった。それなのにこの言われよう。他の優秀な生徒たちの足を引っ張っていることはもちろん自覚していた。彼らから嫌われているだろうことも理解できぬほど馬鹿ではない。それでも、彼女の心は既に冷め切り、完全に英語を勉強することから離れてしまっていた。
(じゃあ、私を当てなきゃいいんじゃないですか)
そう心の中で悪態をつくほど。もちろんそれでは他生徒との公平性が保たれない。そんなことも分かっていた。だが、円滑な授業の進みを望むのであれば、説教などしていないで先に進め、と彼女は思わずにはいられなかったのだ。
他の生徒は、「ああ、時間稼ぎができる」と体を伸ばしてリラックスし始めたり、「いい加減にしろよ」とイラついたり、彼女に同情して様子を見守ったりと反応は様々。
彼女はあまりの気の合わなさに辟易し、反抗していた。しかし、他の生徒は教師を恐れはすれど嫌ってはいなかった。ゆえに彼女は一人、その場において孤独であった。その、教師に反抗できる彼女の精神を称賛する者もいたが、彼らの溝は深くなり、彼女は一層孤独となった。教室では誰もが教師の味方なのだから。
そんな彼女を見て、高校以前から彼女を知る者は、
「お前そんな風だった?」
と彼女に問いかけた。そう思わせるほど、彼女の反抗ぶりは凄まじかった。
「私もね、こんな風に教師とそりが合わなくて反抗するのは初めてだから、よくわかんない」
彼女はそう言って、もう何度目になるのかわからない苦笑をこぼした。