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【壱】 そぞろなる異形の魂を惹き連れて 美しき鬼の姫 彼方空より来たる

一応15禁くらいにとらえておいて下さい。

  たたーん……たたーん……



  一人の女が満月の夜を走る。



  たたーん……たたーん……



 地面を蹴る度に空高く飛翔しながら、何者かから必死に逃げる娘が一人。

 後ろで束ねられた髪は月の光を浴びて、銀色に輝き馬の尾のようにたなびく。褐色がかった肌は異国の者のそれであろうか。茜色を基調に白椿があしらわれた小袖を身にまとい、腰には可憐な娘子の風体には少々不似合いな一振りの刀。


 そして――、娘の頭には黄金色の角が二本。



◇壱◆ そぞろなる異形の魂を惹き連れて

            美しき鬼の姫 彼方 空より来たる



【壱】


「むぁぁぁ てええぇぇぇえぇぇぇぇぃぃい」

 

 後方から迫り来る声の主は筋骨隆々な大男。いや、その輪郭は煙雲のように流動的な動きを見せ、膨らんだり縮んだりしながら、うっすらと背後の景色と溶け合いながら、しかして猛然やって来る。

 明らかなのは、それは確実に人ではないという事。

「くっ!」

 時折後ろを振り返りながら、必至に逃げる娘。

 そして怪人に付き従うように、ぞぞぞと飛来する無数の異形の者たち。


 風のような速さで山を駈け、うっそうとした森の中、木々の隙間をくぐり、獣道を抜け、小さな川をいくつか越え、小高い丘を越え、最後に大きな河を越え、そして眼前に広がるは巨大な城下町。

 江戸である。遠くに天下の中心、江戸城が見える。

 屋敷の屋根を渡り、跳び、渡り、町の谷間の大通りを飛び越え、なお逃げる娘と、それを追いかける煙雲の怪人を筆頭とする異形の者たち。

「しつこい!」

 娘が上半身をひねり、怪人に向かって腰に差していた刀を投げ放つ。それは勢いよく一直線に飛んで行き、怪人の額に見事命中する。


「ぐぅぅあば ばばばばぁぁぁあぁ!」


 額に刺さったはずの刀は怪人の頭をぼふんと貫通して、そのまま背後の雑妖たちの幾体かを破砕し、はるか後方の闇へと消えてしまった。

 しかし――、粉塵のように飛散した怪人の脳天はやがてまた、ズブズブと元の形状に集合し修復されてゆく。

「……きかんんん ぞぉぉぉぉぉ!」

「……くッ!」

 先ほど怪人に向かって放った刀がひとりでに手元に戻って来て、娘はそれをはしとつかむ。どうやらこの魔剣小通連では倒せないらしいことは、何度も試して諦めた。

 やがて、追う者と追われる者との距離がじょじょに縮まってくる。

「鬼のむすめぇぇぇぇぇぃ、 いい加減んん観念したぁらぁぁどぉおおだぁぁぁぁああ?」

「……冗談じゃない!」

 娘はさらに速度を上げて街の上空を渡り跳ぶ。

 しかし――、

 すでに城を左に通り過ぎ、さらに町々を越え、さらにひときわ大きな川にかかる大橋を渡り、かなり古びた屋の連なる町、その内の一つの表店の瓦屋根を足場にした時に、ばきんっ、という嫌な音がし、隆起した瓦の破片に娘は足を取られる。

「あっ!」

 前方につまずきのめり崩れる。

 そして――ついに追いつかれてしまった。先を越え娘の顔を覗き込む怪人。

「……追いついたぁぁぁぁ」

 ニタァリと笑う怪人。娘の身体がふるわれた怪人の豪腕にぶん殴られて吹っ飛ぶ。

「きゃーーーっ!!」


 ゴバアァァァアアン!!


 そのまっすぐ先にあった長屋の壁を突き破る。土壁の瓦礫ががらがらと崩れ落ちる――。

 運悪く大穴を開けられた長屋の一間の向こう側には、一人の男が真剣な表情で絵を描いていた。

 豪快に破砕された一破片が男の頭に当たったのだろう、ひどい血が流れ出ている。

 しかし、男の顔に一点の曇りもない。

 娘は壁に激突した衝撃で、男のすぐ傍で気を失って横たわっている。

「……できた」

 筆を置く男。

 我ながら上出来だと云わんばかりの得意満面の顔で、額の汗を拭う。そのつもりだった――


 ボタタッ……


「あ?」

 たった今仕上げたばかりの肉筆画に自らの血の塊が落ちて滲み拡がってゆく。

 口をあんぐりと開けたまま愕然となる。が、やがてわなわなとその肩が震え出す。

 そこへ何やら薄紫色の煙のようなものがモヤモヤと集結し始める。そしてやがてそれは屋内いっぱいを占領するかのよう膨れ、凝縮し、人の形を成し始める。

 男の眼前に人の顔が現出する。いや、人の顔と云うには少々大き過ぎる。二つの眼窩は西瓜ほどに大きく、髑髏のように落ちくぼみ、鼻と耳は削ぎ落とされているかのように見当たら無い、歯茎は剥き出しになり歪な歯が並ぶ。それに加えてさらに不気味な表情を浮かべ、ニタリと哂った。

 

 【弐】


「なんだ……おまえは?」

「わしぁぁ奈羅雲ぉ入道ちぃいうぅ、化けもんたちのぉ間じゃぁぁぁ ちったぁ名の知れたぁぁ豪妖じゃぁぁぁ」

 見下すように伸び上がり、己の異形なる姿を誇示する、怪人奈羅雲入道。

「そんな大妖怪様が俺に何のようだ?」

 男は尋ねる。

「そこなぁぁ女をこちらに差し出せぇぇぇぇぇ」

 男が後ろを振り向くと、確かにそこの壁際には一人の娘が転がり落ちている。

「ん? この女……いったいいつの間に俺の家に入って来たんだ?」

 男は自らの身の上に起こった出来事を把握できていなかった。そしてどうやら怪人はこの娘に用があるらしい、ということだけはつかめた。

「……うう……っ……」

 未だ目の覚めない娘。苦しそうにうめき声を上げる。

「ああ?」

 男はよく見ると怪人の身体――とおぼしき半透明の胴の向こう側の壁が崩れ、大きな風穴になっていることに気づく。

「なんだ……こりゃ……」

 それにしてもこの男のえらくのんびりした様子に奈羅雲入道はだんだんといら立ちを募らせ、険しいつくりになる。

 普通、人間という奴らは化け物を見れば恐れおののくものだ、そう思った。

「お前えぇぇぇぇ、儂がぁぁ、恐くわぁぁぁ、ないのかあぁぁぁぁぁ? 儂はなぁぁぁ、今までぇぇ百もぉ二百ものぉぉ、人間をぉぉ喰ろうてきたぁぁ……」

 しかし男は奈羅雲入道が口上を言い終わる前に口を開く。

「ところで。まぁ……」

 こいつは困ったとばかりに額に手を当てる。

「いくらぼろ長屋っつっても、流石になぁ……穴開いてちゃあなぁ……住みにくいんだよなぁ……」

 実にのんびりした口調でつぶやく。

「ああぁぁん……?」

「……雨降って来たらどうすんだよ……ッたくよお」

「…………」

「あ〜あ、この壁ぇこんなにしたのはよぉ……いってぇ誰の仕業なのかねぇ……?」

 あくまで素っ頓狂な調子の男の物言いにさらに険しくする奈羅雲入道。

「何がぁぁ……いいたいぃぃんだァァァ人間んん……?」

「んだからさぁ……」

 言いかけて、目線を下に落とし溜め息を一つ。

「つうか……まぁそれはまだ良しとしようや……」

 やれやれという風に後ろに縛った総髪頭をぽりぽりかく。

「問題はこっちだ……」

 よいこらしょとばかりに、たいそうな動作で一枚の絵を拾い上げる。

「こりゃあ将来、後世に残るほどの大傑作になるはずだったんだがなぁ……」

 男は自ら描いた絵をひらひらさせ、しみじみ見ながら云う。しかしその表面には大きく広がる血雫の跡。

「この絵がこんなんになっちまったのはさぁ……」

 やれやれと、男の面が奈羅雲入道へとついと振り向けられる。

 

「……お前のせいだなって云ってんだよ――」


 気怠るかった表情が一転、低く重厚なドスのきいた声と共に、凄まじい形相になる。その眼光はとても人間のものとは思えないほどに鋭い。神をも射殺してみせそうな睨みだ。

 一瞬気圧され、ひるむ奈羅雲入道。しかし、化け物は思う。よくよく考えてみればこいつはただの人間。自分は世にも名だたる大妖怪だ。いままで腐るほどの人間を喰ってきた。

「ああぁぁ!! 死にてえぇぇのかぁぁ!? 人間んんんンン!!」 

 こいつもただの餌だ――。

「喰い殺してぇぇやるぁぁぁあああ!!」

 奈羅雲入道の大きな顎が縦にがぼあと裂け、男を飲み込みにかかる。


「……んん……」

 その時、失神から目が覚めた娘が見たものは――、

「え……」

 一瞬の軌跡――、


  “ 滅 ” 

      

 という文字が忽然と奈羅雲入道の口内に浮かび上がる。

「な……にぃ……」

 男の手元には一本の毛筆が握られ、毛先からは濃墨がぽたぽたと滴り落ちていた。

「きさまの罪は万死に値する……」

 その“滅”という文字がやがてちりちりと光り輝き出す。

「あ……あぁ…………あああ……あ……ぁぁぁ……」

 ブルブルと震え、そして時が止まったかのように停止してしまった奈羅雲入道。


  シ ュ ゴ ォ ーーーーーーーーーーーッッ !!!!

 

「あああああああああああああああああああ!!??」 

 鋭い黄金色の放射を辺りに撒き散らしながら、ぼふ、ンと光の灰になり、やがて壁穴からの隙間風に霧散してゆく。

「今宵のあわき夢に還りな……」

 男が呟く。

「か、頭がやられたぁ……」

 首魁のその首を取られたと気付くや、それに付き従っていた雑妖たちもその顔々に畏怖の色を浮かべ、やがて散り散りに逃げ失せて行った。

(なに……?)

 その一種の神秘的な出来事と光景に、目を醒ました娘。しかし何が起こったのか全く理解できない。

「あ、あなたは……いったい……」

 男が娘に近づいて来る。そして瓦礫の散らばる畳の上に横たわった娘に手を伸ばす男。

「あ……ありがと……」

 娘もそれに応じておずおず手を伸ばす。


 【参】


 しかし男の手はするりと娘の手をすり抜ける――、

「……え?」

 娘の胸元で光輝く首飾りをつかみ取り、懐にしまう。

「……あの……え?」

「この壁を壊したのは半分はおめえのせいだな……」

 とまどう娘。

「違うか?」

 少し考えるが、やはり首を縦に頷かせる。

 この男を怒らせるとまずい。そう直感させるなにやら危険な雰囲気が感じられた。

 男の目線が自らのからだ周りを値踏みするかのように這い回り、ねめつける。その凝視に、娘はまるで己の着物を透かして裸を見られているような心持ちになった。

「……う……ン……」

 恥じらいの表情を浮かべ、頬を紅潮させる。そういえば何だか、実際のところ肌がスースーするような気がする。

「……え?」

 目を開いてよくよく見てみると娘の着物ははだけ、右片乳房と太腿が露わになっていた。


「きゃぁ!!」


 咄嗟に身をかがみ込めて慌てて肌を隠す。

(見られてしまった……この妙な男に……まじまじと……)

 着物を整えながらも、泣きたい気持ちになる。

「おい、お前……」

 男からの突然の呼びかけに思わず顔を上げる。

「へ……」

 警戒の視線を投げつける。

「何……?」

「ったく……ひとんち壊しといて、謝りの言葉一つもないのかお前は……」

 ハッとして壁に開いた大穴に視線を移す。思わず大口を開けてしまうくらい、ひどいものだ。

「ご……ごめんなさ――」

 云ったわりに娘の謝罪の言葉を最後まで聞かぬ内に言葉を重ねる。

「ふぅ……まぁいい 」

「……?」

「この償いはお前の体で払って貰うからな」

「え……?」

 突然の男の言葉に娘は狼狽する。

「そ、そんな……あたし……」

「そこに着物の上半分をはだけさして横になれ」

 女のとまどいなど一切介せず、男は大きく開いた壁の穴の下を指差す。

「まさかとは思うが――、……断るまいな」

 確かにこの男の家の壁を破ったのは、追われていたとはいえ紛ごうことなく自分なのだ。

 しかもこの男が――いかにして奈羅雲入道をそうしたのかは知れぬが、葬ってくれなければ自分は今頃どうなっていたかわからない。

 娘はやがて観念したように男の指示の通りの場所に向かい歩む。そして、すとんと腰を下ろす。唇をきゅと噛んで腰帯をほどき、そろそろと着物をはだけさせる。

(ああ、あたし……この男に)

 目を閉じる。つつと一滴の涙がその頬を伝い落ちる――。


 しばらくして、しゃっしゃっという細かに刻むような――虫が草の上を滑るような――音が耳に入ってきた。

(……なに?)

 怖る怖る目蓋を開ける娘。その目に映ったものは――、

「え……?」

 男は紙に筆を走らせていた。先ほどの凄まじい眼力で自分と紙の上を交互に見つめながら。

 娘はあまりの男の気迫に微動だにできなかった。それどころか――、

「……あう…………ンン……」

 なんだか未知なる感情がこみ上げてくるのだ。それに、

(体が熱い……。いったい、あたしの体……どうしてしまったんだろ……)

 しかし、しばらくすると、そんな疑問もどうでもよくなってしまった。


  【四】


「よし。……こんなところか」

 男が筆を置く。そして土間口にある水がめの傍まで行き、顔をばしゃばしゃと洗う。

 娘はようやく男の視線から解放され、ふらふらと男が先ほどまでいた場所まで歩み寄った。

 そこに残されていたのは一枚の肉筆の浮世絵。絵描かれていたのは、穴ぼこから見える宵の帳の中に浮かび上がる満月。その下、照らされた美しい娘。着物の色は茜色、浮かび上がる図柄は白椿、髪の長さ、目鼻立ち、まごうことなき自らの姿であった。

「きれい……」

 思わず呟いてしまう娘。しかし。

「あたし……こんなにきれいじゃない……」

 自分以上に美しく描かれたそれと感じた娘は、何やら気後れを感じてしまった。

「ま、そりゃあ“絵 ”だからな……」

 いつの間にか後ろに立っていた男。

 身の程をわきまえつつも、それでも年頃の娘は少しムッとした。その娘の様子に気付いてか気づかずか、続けて云う。

「しかし、あながち間違ってもおらん……。本物の絵師はそいつの本質を描くからな……」

 何だろうか。それはすなおに褒め言葉ととって良いのだろうか。

「そ、それって――」

「お前は俺に借りがある」

 急に男の声の調子が変わって、鉄のような目で見据えられる。ビクリと身を強張らせる娘。男の後ろには見事なまでの大きさの壁の穴があった。

「お前はこれから俺の絵の手本になって、その借りを返すんだ」

「……え?」

「当然のことだとは思うが……」

 鋭い目つきであごをしゃくり上げて睨みをきかす。

「断ろうなんて思ってはいまいな?」

 娘はてっきり自分はこの男に、いいようにされるままに操を奪われるものかと思っていた。

「え? それじゃあ……体で払って貰うって……」

 男も娘の表情から察する。

「んん? もしかして俺がおめえを手篭めにするとでも思ってたのか?」

「…………」

「か〜、んなことするか! この助平馬鹿女!」

「うっ……」

 乱暴に罵られて再び縮こまる娘。

(だって……助平はそっちの方じゃないか……)

 しかし、この男に口答えは剣呑だと感じた。

「そうしたらこれは返してやる」

 そう言って懐から取り出した首飾りをジャランと提げて見せた。魂姫は自らの首周りに手を当てて、それがいつの間にかなくなっていたことにようやく気づいた。


 【五】


「俺は、この呑川町は呑川長屋を拠点に――」

 自らの足元から一枚の紙を拾い上げ、魂姫の目の前に晒す。

「絵師をしている」

 娘がよくよく目を凝らして辺りを見回してみると、壁には何枚もの浮世絵が貼り付けられていた。

 風景画、動植物の絵、武者絵、歌舞伎役者……とりわけ中でも美しい女が描かれた美人画の数が圧倒的に多い。しかも、その中には――


「何、これ……」


 乳房をさらして、たらいで行水する女。股を広げて悩ましげな流し目でこちらを見やる女。一糸まとわぬ姿で背中を向けて佇む女。さらには、男女が卍巴に重なり絡み合っている図柄――春画だ。

(す……すご、い……)

 激しく顔を赤面させ、ごくりと息を飲む娘。そんなことはつゆ知らず――、

「名は心太朗。号を春馬亭心月という」

 男のぶっきらぼうな自己紹介。

「おめえの名は?」

「……魂姫」

「……ふむ」

 冗談みたいに、赤べこのように首をこくんこくんさせて頷く。

「ところで……」

「…………?」

「先ほどまでは、頭に角みてえなもんが生えていたように見えたが?」

 やはり見られていた、と胸の鼓動が高鳴った。

「あたしは……」

「…………」

「……あの ……」

 沈黙――、ところが、

「言いたくなけりゃ別にいい……」

 言いづらそうな娘、魂姫に、心太朗と名乗った男は気でも遣ったのかくるりと背を向け、壁の損壊の程度などを見ている。

 魂姫はためらうそぶりを見せていたが、やがて観念するかのように口を開いた。

「あたしは……鬼の血を引く半分人間、半分化け物の娘……」

 なぜなら、魂姫はこれで自分は解放されるものとも思った。普通の人間なら人外のもの、化け物を嫌悪する。恐怖する。ましてや自分は鬼だ。

 しかし心太朗が口にした言葉は――

「ふーん、そうかい」

「……え?」

「ま、そんなこたぁどーでもいいとしてだな……」

「ええっ?」

「とりあえず……、そうだな。俺が呼んだらすぐにこの家に来やがれ」

「えええっ……」

 拍子抜けしてしまう魂姫。それとも、聞こえなかったのだろうか。

「ちょっと! あたしはねぇ、鬼の娘なのよ!」

「…………」

「頭には角が生えて、口にはとがった牙があったり……人を害する存在なのよ!?」

 声を荒げて云う。しかし――

「んだから、んなこたぁどーでもいーっつってんだろうが、このばーヤローが。……それとも俺をとって喰うってか?」

 まるで問題にしていない様子の心太朗。

「そ、そんなことはしないけど……。じゃあ、あたしは何処にいればいいの……?」

「んなもん、おめえの家にでもけえりゃあいいじゃあねえか」

 さらにぶっきらぼうに云う。

「あたし……家はない……」

「はあ?」

「ずっと旅をしてて……そしたらあの化け物に追いかけられて……。そしたら気づいたらこの町まで来てて……」

 深刻そうに身の上を語る魂姫。

「んじゃあ、宿にでも泊まるとかだなぁ」

「そんなお金……ない……」

「そこら辺の野っ原ででも寝てりゃあいいじゃあねえか」

「えぇっ?」

「だってお前、鬼女なんだろ?」

「…………!」

 心月の、例え鬼女であろうが、女を女と思わぬ物言いに咄嗟に眉を吊り上げる魂姫であった。が……、やがて瞳を小さく潤ませ、子供のような目遣いをして云う。

「……お願いします。どうかひとまずここにおいてください」

「…………」

「何でもしますから……」

 魂姫の心底本気と思える懇願に、腕を組んでうむむと唸る心太郎。しかし、ほど無くして。

「んじゃあ……だな」

「はい……!」

「ここにおいてやる」

 ぱぁと表情を明るくする魂姫。

「ほんとに?」

「ただしだ!」

「え……ただし……?」

 心太朗は厳格な顔をして云い放つ。

「ただし、飯の用意、洗濯、その他この家の家事全部お前がやれ!」

 とんでもなく我がまま千万な条件。そして、心太朗は意地悪な笑みを浮かべる。わかってて云っているのだ。しかし、

「はい、やります! やらさせていただきます!」

 有無を云わずに魂姫は必死な顔つきで承知の返事を返す。

「むぅ……」

 ひるまない魂姫に、

「……さらに!」

 その上、なおも心太朗は条件を続ようとする。ゴクリ息を飲む魂姫。

「この家の主である俺の云うことややることにゃあ何であろうと口出ししねえこと! それをおめえが出来るなら……」

 仁王立ちで高圧的に声高らかに啖呵を切る心太郎。

「ここに居候さしてやる!」

 魂姫は悩むそぶりさえ見せずに応えた。

 

「が、がんばる! あたし!」




 魂姫はその時思っていた――、


 ずいぶんに乱暴な男だ、がさつでスケベで言葉遣いが悪くって目つきも悪くて……こんな変な男には今まで出逢った事がない。



 いや、その実、改めて心太朗の顔へと向き直って思ったこと。それは――、



 それでもあたしはこの男のそばを離れちゃあならない……



 なんとしてでも……



 だって、あたし……




 あたし――






 この男に惚れてしまったんだもの!







                                     ―終―




自サイト【大江戸八百八すとれんじあ】でも公開しております。→ http://ooedo80billion.blog20.fc2.com/

あ、登場人物らの絵も公開しております。

それでは。

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