魔力が無い!
俺の名前は、五十嵐 拓也、高校一年生の帰宅部だ。
その日も授業が終わると逃げるように高校を出ていつもの道を自転車で走っていると突然地面が無くなった感覚と共に一瞬の浮遊感そして落ちて行く感覚襲われて思わず目を閉じた。
恐怖に叫びながら落ちる事、数秒ほど股間へのサドルからの強い衝撃で底に到着したことが分かり股を押え悶絶しつつ目を開けると、そこには緑色の草の茂る草原と青い空が広がっていた。
思わず、空を見上げるも落ちてきたはずの穴は無く暫し途方に暮れた。
コレは世に言う、異世界転移的な出来事なのか?
いやいや、まだ夢の可能性もあるはずだ。
起きろ俺、起きるんだ。
多分、自転車でコケて気絶しているときに夢を見ているだけなんだ。
さぁ、目覚めの時だ………駄目か。
どんなに願っても目が覚めることはなく、このよくわからない場所から逃げることは出来ないようだ。
取りあえず何処か人のいる場所でここが何処なのかを知る必要がありそうだ。
自転車の点検を済ませて取りあえず押しながら道を探すこと数十分、ようやく道の様なものを発見した。
舗装されているわけではないが、轍がある左右に伸びる草の生えていない道があり太陽の位置関係が地球と同じなら東から西へ草原を横断する様に続いていた。
取りあえず、自転車にまたがり東へ向けて走り出す。
道は悪いが、走れないほどではなくそれなりのスピードで進むこと数時間、日が暮れ出したがまだ街の明かりを確認することは出来なかった。
更にライトをつけて二時間ほど走ってみたが、とうとう真っ暗になってしまった。
スマホで明かりを取りつつカバンの中を漁ってペットボトルのジュースとお菓子を出して晩御飯代わりに食べる。
ふいに襲ってきた寂しさを紛らわすためにスマホを弄ってみるが、やはり電波が通じないところに居るらしくインストールしていたゲームが出来るくらいだ。
幸いなのは、自転車にスマホ充電用の簡易発電機が有るので走っている間は充電が出来る為電池切れの心配が少ないことぐらいだ。
こんな事なら、異世界に来た時に使えそうな知識系アプリを入れておけばよかった。
何もすることが無くなったので自転車にもたれかかりながら休んでいると相当疲れていたのかそのまま眠ってしまっていた。
ガサガサッ!
草むらから何かが動く音がして目が覚めた。
音のした方へスマホのライトを当ててみると光を反射して淡く紫色に煌めく石が浮かんでいた。
その石が、此方を警戒する様に近づいてきたがそれ以上の行動を見せない。
目の前に来た石に最初は驚いていたが、興味本位で触ってみるたが痛みが走るようなこともなく如何やら害はなさそうと言うことで掴んでみると一瞬大きく動き、手から逃げようとしたが、力を入れて手元に引くと突然おとなしくなり動かなくなってしまった。
よくわからないまま、その石をカバンに入れて時間を確認したが、まだAM3時ごろと夜が明けるにはまだ少しかかりそうなのでもうひと眠りすることにした。
ガタゴトと何かが近寄ってくる音で目が覚めた。
太陽が顔を出して一時間くらいと言った所だろうか?
残していたお菓子を齧りながら音の聞こえた方に目を向けると足の六本ある牛の様なものが荷馬車を引いてやってきていた。
荷馬車には人が乗っており、見たところ白人の男性のようだ。
言葉が通じるか分からないが、取りあえず話しかけてみることにした。
自転車を持って道のわきに立って馬車が近くに来るのを待つ。
「すいません」
「********」
馬車の男は、警戒しつつも馬車を止めてくれて反応を示してくれたが如何せん言葉が分からない。
困っていると、男が小瓶からラムネの様なものを取り出して此方に投げてきたので受け取ったが、どうすればいいのか分からない。
食べるジェスチャをされたので食べ物と言うことは分かったがいきなり見ず知らず人に出されたものを口にできるほど警戒心が無いわけでもない。
仕方なさそうに男が、小瓶からもう一つ取り出して自分で飲んだ。
「あー、あー…こちらの言葉が分かるか?」
「はい、わかります」
「それで、こんなところで何の用だ?」
突然流暢に日本語を話しだした男に驚きつつ返事をする。
言葉が通じるようになったので、此方に敵意が無いことを伝えつつ情報収集も含めて町まで同行させてもらえるよう交渉し何とか許可をもらうことに成功した。
男の名前は、クラウスと言うそうで商人をしているらしい。
先程のラムネの様なものは「言葉の薬」という魔法薬で、一時的に言葉の通じない相手と意思疎通が出来るようになる商人の必需品的なアイテムらしい。
このことからこの世界では、魔法と言うモノが有ることが分かった。
クラウスさんの薬の効果が切れた際に俺も飲んでみたが、何故か効果が得られず現地の言葉を理解することが出来なかった。
馬車と並走する様に自転車に乗りながら東を目指す。
今向かっているのは、ゴルガスと言うこの国では大きい方の町だそうで、クラウスさんはその街に店を持っていて近隣の町や村から商品を仕入れているれしい。
今日はその帰りらしく荷台には色々な特産品が乗っているとのことだ。
そんな話をしながら30分ほど進んだところでに馬車を引く牛?が悲鳴を上げて急停車した。
「どうしたんですか?」
「ああ、厄介なのが道をふさいでいるみたいですね」
クラウスさんが指さした道の真ん中に昨日の夜中に見たモノよりも一回り大きめの石が浮かんでいた。
如何やら牛?はアレに対して悲鳴を上げたみたいだ。
「よくわかりませんが、退けてきますね」
そう言って石の近くまで自転車で行き、すれ違いざまに右手で浮かぶ石を掴み取って動かなくなったのを確認した後、カゴに入れて馬車まで戻った。
「き、君は何者ですか?」
クラウスさんは、出会った時以上に警戒した顔で俺を見ながらそう聞いてきた。
そう言えば、この世界の事ばかり聞いて名前以外は言ってなかったことを思い出して改めてここに来た経緯を説明すると
「もしかして使徒様ですか?」
「使徒ってなんですか?」
「聞いた話では、神に力を与えられてこの世界にやって来た人間だそうです。
強大な力を持っていて世界に危機が現れた時に使わされるそうです」
「そうなんですか。
でも俺は、神様なんかには遭ってないですし不思議な力なんか持ってませんよ」
「でも先ほど、ポイズンスライムを難なく倒して見せてくれたじゃないですか」
「ポイズンスライム?」
「はい、その魔石はポイズンスライムの核ですよ」
そう言って、カゴに入れた石を指すクラウスさん。
如何やら俺と見え方が違うようだったので、先程見えたポイズンスライムと言う魔物の絵をカバンから出したノートに書いてもらった。
ポイズンスライムは、見た目はグレープ味の丸いグミの様な形で名前の通り毒が有りこの辺りで出る魔物の中では上位に入るほど危険らしい。
因みに俺が、魔石以外が見えないと教えたところかなり驚いていた。
そんな話をしながら進んでいたところ大きな壁に囲まれた町が見えてきた。
「あそこが、ゴルガスですよ」
「大きな町ですね、因みに入るのにお金とかいりますかね?」
「町人証が有ればタダなんですが、持ってないですよね」
「はい」
「そうなると、入り口で滞在許可証を作る必要がありますね」
「どれくらいかかりますか?」
「ひと月に一万円ほどですね」
そう言って、銀貨を一枚見せられたので如何やら言葉の薬はこの辺りまで此方に分かりやすいように変換してくれるようだ。
しかしお金が無い。
財布の中には、三千円ほどしか入ってないし通貨が違うので使えない。
困っていると、クラウスさんが払ってくれると言うのだ。
先程のポイズンスライムのお礼なので気にしないでほしいと言われたので、受け取ることにした。
門では、前科などを鑑定する魔道具を使って審査するそうなのだが、何故か俺には全く反応しなかったが、門番にクラウスさんが話を付けてくれて何とか滞在を許可されて町の名前と番号が振られている鉄板を貰った。
なくさない様に首から下げて服の中にしまい門をくぐるとレンガ造りの街並みが広がっていた。
お金が無いので先ほど手に入れた魔石を売るようなところが無いかクラウスさんに確認した所、大通りの先にそう言った魔物から獲れる素材を専門に扱う店が有ることを教えてもらえたので早速言ってみることにすると、言葉が通じないだろうと言うことでクラウスさんも来てくれることになった。
店で、魔石を二つ売り銀貨2枚をゲットして安い宿なら泊まれそうなのでおススメを聞いてみた所、クラウスさんが落ち着くまでは店に泊めてくれると言いだした。
もうクラウスさんには頭が上がらないと思いながら厚意に甘えることにした。
それから一月が経ちこの世界にも慣れてきた。
タダで居候できるほど図太くないので、クラウスさんの店を手伝いながら手が空いた時は、図書館に通ってこの世界の言葉を勉強して何とかカタコトではあるが話せるようになってきた。
英語の成績は良いとは言えないレベルであったが、生活が懸かると流石に必死になって習得に励んだ。
お金も比較的忙しくない午前中に門から出て魔石を拾うことで稼ぐことが出来ているが、防具も武器も持たずに町の外に言って怪我一つなく帰ってくる俺に不審な目を向けるられることも有った。
やはり、他の人には魔物が見えて居る様で魔石だけ抜き取るようなことは出来ないらしい。
図書館に有った研究書によるとこの世界の魔物は、生き物ではなく鉱物などに一定以上の魔力が宿ることで生まれた魔石が、内包する魔力により外殻を形成して発生しているそうなのだ。
内包された魔力量や属性・周囲の環境など様々な要因により形成する外殻に影響をもたらすらしく、ポイズンスライムなんかは水の属性の魔力と淀んだ水源などで発生しやすいと言うことで、あれが現れたと言うことは町の近くの水源に何か異変が起きている可能性があるそうだ。
そして魔力の無い地球から来た俺には魔力が一切ないのだと思われる。
だから、魔法薬が効かないし魔道具を発動させることも出来ないのだ。
その代り、魔力により形成された外殻の干渉無く直接魔石に触れられるし、外殻から繰り出される攻撃が当たらない。
魔物相手には無敵と言っても過言ではない状況ではあるが、残念なこともある。
それは、魔法が使えないと言うことだ。
この世界の人は、得意不得意はあるが誰でも魔法が使えるのだ。
見せてもらったが、やはり認識することも出来なかった。
まぁこれに関しても魔物と同じで魔法による攻撃などにもさらされる心配がないことは実験で分かったので一応安心している。
この世界の魔法は、魔力により発生させた現象で対象の魔力に干渉し、実際の現象として対象に認識させることで効果を及ぼすと言う仕組みの様で魔力の無い俺には、魔法攻撃を認識できないし干渉される魔力が無いのでダメージを負うこともないと言う訳だ。
ただ、実在するものを魔力で操作したようなものは例外だった。
例えば、爆発するような魔法が地面に当たって飛んできた石なんかはまさしく凶器となりうるのだ。
後は、実際にある水を使って攻撃する時などだろうか?
魔力で生み出した水はいくら強力な魔法でも無効なのにコップの水を魔力操作で打ち出せば濡れるし威力によっては傷を負う。
この辺は、自分の命にかかわるので上手くはったりをかまして魔法が効かない様に相手に思わせる必要がある様だ。
そもそも魔法を認識できないので、それが爆発魔法でどこに着弾したのかを認識できるのは爆発が起こってからの為とても危険だ。
そして、魔法薬や回復魔法が効かないと言うことが最も重要なことだ。
此方には、小さな傷からお金は掛かるが失われた四肢を再生できるような薬や魔法が発達した為、地球の様な薬が存在しないので怪我を負う事には特に気を付ける必要がある。
いつもの様に自転車に乗って門を超え、町から少し離れればいつもなら浮かんでいる魔石が見つかるのに、今日は一つも見つからずおかしいなと思っているとそれは突然起こった。
草原の先の森の方から地響きのようなものが聞こえ鳥たちが一斉に飛び立つと共にバキバキと木々が折れる音が聞こえてきた。
何か大きな物が動いているようだがその姿を見る事が出来ないということは巨大な魔物が移動しているのだろう。
そして音がどんどんと近づいて来ているということはこのまま進めば、町へ到達してしまう可能性がある。
俺は慌てて自転車で来た道を引き返すと門のところで、今見てきたことを伝えると門番たちが慌ただしく動き出し、様子を確認しに行った門番の人が返ってくるなり町中に警報が鳴り響いた。
どうやら大変なことが起こっているようだがカタコトレベルの言語能力では、詳細を聞き取ることは出来ず仕方ないので、クラウスさんの店まで戻ることにした。
店に戻るとクラウスさんが慌てて荷造りをしているのが見えた。
「クラウスさんどうしたんですか?」
「あぁ、タクヤ君ですか。この警報が聞こえないんですか?」
「この警報ってどんな意味があるんですか?」
「そう言えば、教えてなかったですね。
これは、災害級魔物が接近中を知らせる警報です」
「災害級ですか?」
「ええ、一匹で町1つが簡単に廃墟と化してしまうぐらい強力な力を持った魔物の総称です」
「ではこの警報は、町を捨てて逃げ出す合図と言った所ですか?」
「そうなりますね。
魔物が人を襲うのは、人の持つ魔力を求めてと言われています。
人が町に居ると町が襲われる可能性が高くなるんです」
「でもそうなると、避難した場所を魔物が襲ってきませんか?」
「それは大丈夫です。
外から魔力を感知できなくする特別な避難場所がありますので魔物が何処かへ行くまではそこに籠ればいいんですよ」
「なるほど、すいませんでした忙しい時に手を止めさせてしまって」
「それより、タクヤ君も早く避難の準備をしてください」
「わかりました」
それからすぐに準備を済ませ魔物が接近している反対側の門より避難場所へと列をなして移動を開始した。
到着した場所は、町を見渡せる小高い丘にあいた横穴だった。
「えーっと、クラウスさん」
「どうしました?」
「あの横穴が避難場所ですか?」
「ええ、そうですよ」
「あんなので大丈夫なんですか?」
「あそこは、ああ見えてダンジョンでして」
「ダンジョン!!」
「ダンジョンの中と外は物理的な繋がりが途切れる様で、こういった時の避難場所として…」
ダンジョンと言う単語に少しワクワクしながらダンジョンの入り口をくぐった瞬間、突然クラウスさんの姿が消えた。
一人何もないただの小さな洞窟の中に取り残され、慌てて振り返るとダンジョンの入り口に延々と続く人々が、ある一点を通り過ぎると先ほどのクラウスさんの様に突然姿を消したのだった。
そのことを気にしている人は居ない様で当然の様にぞろぞろと消えて行く光景はホラーだった。
引き返そうにも延々と続く列を逆流する訳にもいかず一人薄暗い洞窟に佇んでいた。
それから一時間ほどだろうか?最後の一人が中に入ったのを確認して洞窟の外へと出る。
この一時間考えた結果、クラウスさんが言っていたようにダンジョンとこちら側では物理的な繋がりはなく皆が消えたあそこにゲートの様なモノが有るんだろう。
そしてゲートは、魔力の有るモノのみをダンジョン内に移動させる機能を持った魔法の一種で魔力のない俺は、ゲートを素通りして何もない洞窟つまりゲートの裏側から入っていく人たちを見ていたことになる。
誰もいない洞窟の入り口で、この世界からお前は異物と突きつけられた気がして、三角座りに顔をうずめて放心していると
「探しましたよタクヤ君」
「…クラウスさん」
「どうしたんですか、こんなところに座り込んで」
「俺は、この世界の人間じゃないんです」
「え?」
「だから魔力もないし薬も効かなかった。
魔物も魔石以外何も見えないし触れることも出来ない上にダンジョンには入れない。
そして今この世界にお前は独りぼっちだと言われた気がしてこうして落ち込んでたんですよ」
「そうだったんですか
君が、何か抱えていることには気が付いてました」
「…帰りたい」
その一言が思わず口から零れた瞬間、今まで誤魔化してきた感情が一気に押し寄せてきた。
日本での、退屈な日々が掛け替えのないモノでもう戻ることができないのではないか、もう家族には会えないんじゃないかそう言った思いが止めどなく溢れてしまい大声を出して泣いてしまった。
ドオオオオン!!!
突然何かがぶつかり合う音が聞こえそちらを見る。
「あれは、アースドラゴン!!」
町の方を見ながらそうクラウスさんが呟いた。
アースドラゴンとは、体長が100mを超えるほど巨大なトカゲのような魔物で通た後には何も残らないと以前読んだ本に書いてあったはずだ。
「ゴルガスはもうおしまいだ」
そう言って、崩れ落ちるクラウスさん。
何とかしたい、お世話になった恩返しがしたかった。
「俺が、何とかします」
自転車に跨り坂を下って町を目指す。
門を通り抜けて門番の詰め所から魔物避けの壁に上がる階段を駆け上りアースドラゴンの魔石を確認する。
魔石との距離はかなりある為、ココから飛び降りても飛び付けないもっと近くに来てくれないかとそう思っていると二度目の大きな音と共に壁が揺れる。
壁が崩れ体へと降り注いだため、薄らと埃化粧した巨大なドラゴンがその姿を現した。
それは、とても巨大で凶悪な顔を持ちとても人一人では太刀打ちできない魔物に見えた。
魔石の位置は心臓とでもいうのか胸の中心辺りにあり頭からの距離だけでも20mはありそうだ。
チャンスを伺いつつ準備を済ませ、遂にその時がやって来た。
俺は意を決して壁の上からドラゴン目掛けて飛び降りた。
靴はこの世界のモノを履いているので魔物に触れられるのは確認済みだ。
あとは俺がドラゴンの体の上を走って行き胸の魔石をもぎ取ればこいつは大人しくなるはずだ。
上手く頭に着地成功したもののこのままじっとしては居られない手袋を付けた手でしがみつく様に首を伝って体の方へと進む、まだこちらを敵として認識していないのかここまでは順調すぎるほどのペースでやって来た。
そして魔石の真上からドラゴンの体内に入ろうと手袋を外した時計算外の出来事が起きた。
降り積もった砂ぼこりが邪魔をしてドラゴンの中に入るスペースがないのだ手で砂を払い手が入る程度のスペースと作ることは出来ても体全体となるとそうはいかない。
鱗の間に入った砂を取り除くのは困難で人の手ではどうしても取り除けない。
ドラゴンの上で途方に暮れていると門の方から声が聞こえた。
「タクヤ君、大丈夫かい」
「クラウスさん!
こんなところに来て危ないじゃないですか!」
「君には言われたくないね!で、倒せそうかい?」
「それが、この辺りの砂ぼこりが邪魔で魔石に手が届かないんです」
「なら、その辺を洗い流すからじっとしてるんだよ」
そう言って何やら呪文のようなものを唱えるクラウスさんに視線を向けるドラゴンの注意をこっちに向けるべく砂ぼこりをかぶった場所を殴りつける。
慌てていた為、思いっきり右手で殴りつけたのがいけなかった体内に響く様な嫌な音と共に殴った手から激痛が走る。
それでも何とかドラゴンの気を逸らすことが出来てその間にクラウスさんの魔法が完成する。
頭の上から水をかぶった様に体についていた砂ぼこりと足元が綺麗になり魔石がハッキリと確認できた。
飛び込む様に頭からドラゴンの体内に侵入したまではよかったが、靴が引っ掛かり宙ぶらりんになってしまった。
足を使って行儀悪く靴を脱ぎ棄てて巨大な魔石に手を伸ばす。
自転車のカゴ一杯はあろうかというほどの大きな魔石を体で包み込むと魔石がそれを嫌がるように暴れ出した。
右手の痛みに耐え、どれくらいの時間が立ったのか分からないが遂に魔石がその動きを止め、ドラゴンが地面に倒れ大きな音が当たりに響き渡った。
そして俺は、魔石を抱えたまま数メートル下の地面に落下し気を失った。
夢を見た。
1つ目は、家族と食卓を囲みこの一ヶ月ほど何処でどんなことを過ごしたかを話て、最後は元気で暮らしているから心配しないでほしいと言って別れる夢だった。
そしてもう一つは、もう飲めないって言ってるのにひたすらよくわからない飲み物を延々と飲ませ続けられる拷問のような夢だ。
「やめろ!もう飲めない!」
そう言って起きた瞬間、看病をしてくれていたらしいクラウスさん宅のメイドさんが水差しを持ちながらこちらを見ていた。
「申し訳ございません、タクヤ様。
何か気に障るようなことが御座いましたでしょうか?」
「すいません、寝ぼけてました。
あれから何日くらいたってますか?」
「三日ほどたっております。すぐに旦那様を呼んでまいりますね」
そう言って、水の入ったコップを俺に渡した後メイドさんはクラウスさんを呼びに行った。
水を飲みながら部屋を見回していると、机の上にアースドラゴンの魔石があった。
ベットから起き上がり魔石に近づき観察していると、違和感を覚えた。
今までに取って来た魔石には有った不思議な感じが全く感じられないのだ。
只の大きな緑色の宝石のように見える。
「おはよう、タクヤ君。気分はどうだい?」
「おはようございます。あちこち痛いですが気分は悪くないです」
「そうか、じゃあこれでも飲んでみるかい」
「え?」
クラウスさんがそう言って渡してきたのは魔法薬だった。
「俺には効果ないですよ、しかもこれって効果が高くて値段も結構高い奴じゃないですか」
「値段は気にしなくていいよ、町を救った英雄にお見舞いってことで貰ったものだ。
それに気になることがあってね」
「わかりました。もったいない気もしますが頂きます」
小瓶の蓋を開けて中身を一気に飲み干すとそれは起こった。
先ほどまで痛かった打ち身の腫れが引いていき痛みもなくなり、それだけではなく体中のコリや悪いところが全て一掃された様な今まで味わったことのないレベルの幸福感に満たされた。
「やはりか」
「どういうことです?」
「いやね、君が寝ている間アースドラゴンの魔石から魔力が君に流れ込んでいるように見えたからもしかしたら魔力が君に宿ったんじゃないかと思ってね」
「もしかしてあの夢…」
「夢?」
「いえ、何でもないです」
「ふむ」
こうして異世界での新生活が始まったのだった。
その時はまだ、災害級魔物の魔力を体に宿すということの本当の意味を知らなかった。




