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遠い空

作者: 尚文産商堂

プロローグ


俺は、彼女が来ると信じている。

昔、彼女が俺に言った言葉は、今でも覚えてる。

「私が、空へ迎えに行くまで、ずっと覚えていてね」

彼女は、どこへ行ったのだろうか。

小学校の時に分かれて以来、俺は知らない。


第1章 記憶


そんなことを思い出したのも、昔の日記を整理していた時、偶然見つけただけだった。

日記を整理したとき、落とした日記帳に書いている文章。

唐突にその言葉を思い出して、今に至っている。

だが、大学生になった今でも、彼女は来ていない。

どこにいるのか…


その日の夜、俺は夢と思う光景を見ていた。


広い野原のど真ん中で、一人立っている…

周りは何もない。

ただ、そよ風だけが、足もとの草をなでている。

俺は一歩、また一歩と草の海をかき分けて進む…

「ったく、ここはどこなんだ」

その時、空から誰かが降りた。

彼女だ。

俺は確信している。

なぜかと言われたら困る。

ただ、間違いなく彼女だと、直観が言っている。

「もしかして…」

俺は、彼女の落ちている地点へ走っているが、遠すぎる。

追いつけないと思うと、一気に落ちる速さが遅くなり、俺は、無事に彼女を抱いていた。

それも、ほぼ無意識下でだ。

だから、俺にはその瞬間の記憶がない。

いや、そもそも夢なんだから、記憶が一部欠落している程度、どうでもいいのだ。

「スー…スー…」

安らかに眠っている彼女が、そこにいた。

俺は、気が抜けてその場にへたり込んでいた。

よかったと、正直によかったと、思う俺がいて…

考えたら、なんで彼女と俺は思ったのか、そんなことなどどうでもよくなっていた。

ただ、彼女が無事で生きている。

それだけで、俺は幸せだ。


そして、彼女が起きると、真っ先に俺の顔を見つめていた。

俺も見つめ返していたら、彼女は、笑っているようだ。

「どうしたんだ」

「久し振りだから…なんだか気恥しくなっちゃって…」

彼女は、それだけ伝えると立ち上がって俺の腕をもった。

「私、変わった?」

唐突に聞いてきて、答えが浮かばない。

俺は気だけが焦って……

「か、変わっちゃいないぜよ」

なぜか、そんな語尾になって…

だけど、彼女は笑ってくれていた。

「変なのー。私よりも変わったのは、あなたかもね」

彼女は軽やかで…

でも、それでいてしっかりとしてる。

俺は…どうだろうか。

「ねえ」

彼女は、おれに聞いてきた。

「なんだよ」

「あの時の約束、覚えてる?」


第2章 夢の夢


俺は、そのことを覚えていた。

「ああ、空へ迎えに行くっていう話だろ?」

荒唐無稽に思ったが、それでも覚えている。

なぜ、覚えていたのだろうか。

「あれね、私が考えた約束なんだ」

「でも、本当に空から来るとは思わなかったが」

俺は正直に答えることにした。

そうじゃないと、彼女が壊れてしまいそうで…

なぜだろう、懐かしい感覚が、俺のからだを突き抜けている。

初めてのことだ。

「どう?あなたも空へ来てみる?」

「どういうことだよ」

「言った通りだよ」

俺の腕をつかむと、唐突に彼女は飛び上がる。

瞬間的に、周りは光に包まれた。

「な…!」

俺は驚きを隠せない。

当然だ。こんな体験初めてだ。


空の上と思うところに出たら、突然彼女は離れ、おれ一人だ。

どこに行ったか、周りを見回してみても誰もいない。

「おーい、どこ行ったー」

「ここだよー」

返事が返ってきたが、どこかわからない。

「どこだってば」

俺は少しいらつきながらいった。

「ここだよ」

すぐ後ろから声は聞こえた。

俺は振り返ると、彼女は浮かんでいる。

そりゃそうだ。おれだって浮かんでる。

「なんでそんな所にいるんだよ」

俺は彼女に言ったつもりだ。

声が届いているかすらわからないほどの強風が、辺りを包んだからだ。

彼女の言葉は、クチパク状態だったが、何となくわかっている。

「ありがと…これまで、私を待っていてくれて」

俺は、何を言い出すか分かっていず、ただ、途方に暮れている。

どういうことだ。

彼女は、何を言いたい。

「本当は、私、もうこの世界にいないの。長い昔に、死んじゃった一人の少女の霊…それが、私」

「何を言い出すんだよ。それって、全部ウソだろ」

彼女は首を縦には振らない。

どういうことなんだよ、いったいさ。

どうして、今頃そんなことを言い出すんだ!

「さようなら…楽しかったよ、あなたと一緒にいられることが」

そして、彼女は、空高くへ登って行った。

「待て!待てよ!」

だが、おれの声は、彼女に届かないようだ。

俺のからだは、だんだん重くなり、地面が急激に近くなるのを感じた。


第3章 彼女の足跡


俺が目を覚ますと、何事もなかったかのような日常生活がある。

だが、何か違っている。

なんとなくだが、彼女がいると信じていた世界といないとはっきりわかった世界。

なんだか、変な気分だ。

何とも言えない感覚…

俺は、次の休みの日に、彼女について調べることにした。


土曜日。

ネットで彼女の名前を調べてみる。

どういうことか、山のように記事が出てきた。

同じ人かと思い、順々にページを開ける。

だが、どれも違っていた。

日付が変わるころ、それは見つけた。

それは、交通事故の記事だった。

1958年におきた、ごく普通の交通事故だったが、その事故での唯一の死者が、彼女と同名だった。

まだ、13歳と書いてあった。

交通事故を起こした人は、そのまま逃走し、結局行方不明としかかれていなかった。

「…この人だな」

俺はなぜか確信する。

どういうことかは、わからない。

だが、間違いなくこの人が、彼女だということは分かっている。


次の週の土曜日。

俺は、その事故現場を見に行った。

その時、確実に彼女がいる気配がした。

だが、周りは殺風景な場所だ。

誰もいるはずはなかった。


エピローグ


俺は、その後彼女の墓があると聞いた場所に行った。

そこは、近くの墓地だった。

俺はどうにかして彼女の墓地を見つけた。

だが、そこには墓石はない。

管理人に聞くと、長年放置され続けていたため、撤去したということだ。

ただし、遺骨などを納めていた壺は、遺族の人たちのために取っておいたという。

俺はそれを引き取り、家に持ち帰った。

なぜ、そうしたかったかはわからない。

ただ、何となく彼女が哀れに思えて、おれが同じような目に逢いたくないような気がして…


家には、仏壇がなく、両親は偶然にも出かけていた。

俺はこっそりと自分の部屋に持ち帰り、机の上に置いた。

「…どうしよ」

その時、頭の中に、突然名案が浮かんだ。

なぜ、それに早く気付かなかったのかが謎だ。

俺は再び出かけた。


壺を持ってきたのは、おれが空へ飛ぶ直前にいた場所と、まったく同じ場所。

あの、荒唐無稽と思った約束をした場所だった。

俺はそこで壺のふたを開けた。

ゆっくりと、遺灰は空高くへ登って行った。

骨は、その場所に埋め、そのあたりにあった木の棒で、単純な墓標を建てた。

その時、彼女が現れた。

「やっときてくれた…」

「待たせたな」

俺は彼女に近づいた。

下半身がなく、明らかにこの世界の住人ではなくなっていたが、間違いなく彼女とわかる。

「これで、心おきなくいけるだろ?」

「うん…ありがとう。これで、本当にお別れだね」

彼女の体は、徐々にだが消えてゆく。

「最後に一つだけ…」

彼女は、俺に言った。

「ん?」

「大好きだったよ」

「俺もだ」

彼女は、笑って、消えた。


俺は、しばらくたたずんでいたが、空を見上げて、言った。

「俺は、おまえのことをいつまでも覚えてやるからなー!」

周りに人がいなかったことが幸いだった。


そして、俺は再び家に戻った。

家では、何事もなかったかのような日常が待っている。

彼女は、いつまでも俺のことを待ってくれるのだろうか。

いつまでも、おれのことを覚えていてくれるだろうか。

その答えは、誰も知らない。

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