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ドリーミン・アンノウン  作者: ぶんぶんまる
 1・渇きの空、曼珠沙華の見た夕暮れ
3/5

 2.雑兵

「救助された人はこのまま輸送車で病院まで行ってくださーい。ハイそこ、泣かない泣かない。怖かったなーウン」


 気だるげな戦後処理の声が、朝焼けの空ににじむ。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……ここらで五十三人、か」

 銃を肩に掛けて、腕につけた端末から映し出されている情報を処理する春人の姿がそこにあった。

 その隣にはブラボーチームの生き残りがいて、一緒に画面を見て嘆息している。歳も背丈も春人と変わらないが、先輩だ。

「派手にやられたな……阪上、お前、コイツが初めての実戦だったっけ?」

「え、ええ」

「んん~、不幸中の幸いってか、なんていうか……こんな派手にこっちの領地でドンパチされるだなんてしばらくなかったみたいだし、次のは楽に感じるん、じゃ、ね?」


 あの後、春人のもとに突如現れら青年が全ての敵をなで斬りにし、風のごとく去っていった。

「だといいですね。オレ、生きてるだけでめっけもんですし」

 今までの自分らソルジャーの戦いが全て茶番に過ぎないんだと言わしめるほどの戦いぶりだったというのは、彼が敵を全て打倒するのに十秒と掛からなかったことが物語っている。

「そう言うなって、よかったじゃん? な?」

 気が滅入った。



――――――――――――――――――――――――――――――――



 春人がこの世界に来て三か月と少しが経つ。


 ある日突然、朝起きたらこの世界にいた。本当だ。


 場所的には日本の千葉県だろう。ただし、その様子は春人の知る「千葉県」ではなく、人呼んで「チバ」とされるものだった。

 春人の知る現代よりもはるかにテクノロジーは進み、しかし資源は枯渇していた。人々の衣食住は配給され、注射によって体内に入れられるナノマシンによって個人情報は徹底的に管理されていた。


 それだけならただ住みづらいだけで済んだ。そうではないのだ。


「阪上、お前、早く戻ってやれよ。妹さん、待ってんだろ?」

「あ、すいません。じゃあ、お言葉に甘えて」

 この世界のあらゆる物質の最小単位が原子ではなく、アルケーと呼ばれる可視な物質であることだ。

 「『それ』に始まり『それ』に終わるとこの『それ』」との(げん)のままに、人も物もノーマッドも、このアルケーから成る。昨日死んだ人間らもノーマッドも、死んだ地点に赴けば緑色の発光するジェルに成り果てている頃だろう。

 土に還れず、()()()されるのだ

 困ったことにこれが万能の物質であり、全土共通に良質の通貨であり、そして生成の難しい資源なのだ。オブラートに包んで飲めば万病の特効薬となるし、たとえば身体の部位を欠損したとしてもアルケーさえあれば再生が可能だ。

「確か……十五番シェルターだっけ?」


 生きれば市井、戦えれば雑兵、死ねば即座に資源。

 帰る方法を考える時間もない。今日を、明日を生きることに全神経が注がれる。


 此処“ニホンアイランド”で都道府県と同様に区切られた各エリアは、神の見えざる手の影響か「どう工夫しても需要より圧倒的に供給の少ない資源」たるアルケーを巡って常に戦争状態だ。

 一部のエリアは同盟を組み、条約を結んでいる。近代以前の西洋世界と似たような情景が、狭い島国の中で広がっている。


 各地のソルジャー、そして時折現れるノーマッドとの三つ巴の戦いは、聞けばもう百年以上と続いているらしい。



――――――――――――――――――――――――――――――――



 地下の避難シェルターの中は、息苦しさと泣き出したくなるほどの緊迫感が充満していた。

「……ッ」

 この地下シェルターの上で起きていた惨状、飛び散った生命を案じている者、その恐怖が我が身に降りかからないよう一心に祈る者、終末思想に取りつかれ、周囲に毒を吐く者。

 誰ひとりとして間違ってはいない。不安と恐怖に泣きじゃくりたい気持ちを、みな別の形に発散しているのだから。


「あーっと……」

 この中で妹の名を呼ぶのは気が引けた。

 どうだろう? オレとて街を守るソルジャーの端くれ。一般人とは着ている服が違う。むこうから見つけてはくれないだろうか? 甘い幻想を抱く。

「あの……兵士さん。外はどうなりました?」

「え? ああ……終わりました。なんとか、防衛はできましたよ」

「本当ですか!? ウチの夫は!? 外に残されたままなんです!」

「ええっと……その……」

「ねぇ! 教えてください! ねぇ!」

 非情な現実が叫びと慟哭に形を変え襲ってくる。

「…………」


 春人はそれ以上答えぬまま足早に去る。膝をつき、両手で顔を覆って肩を震わせる女性を置き去りに。

 此処では自分の命さえ「その他大勢の塵芥(ちりあくた)」としか認識されていないのに、見ず知らずの人間の行方など知ろうとも思わない。

 彼女の慟哭も傍から「お気の毒に」と思われるだけ。誰も慰めに来ないし、或いは煩わしいと舌打ちするだろう。


ああ、それは現代日本もあまり変わらないか。


「……夏奈?」

 人の一番密集している地点とは多少離れ、まばらになった所に探し人はいた。

「あ」

 ポツンとひとり、虚空を見上げて呆然としていた「たったひとりの家族」は、兄を見るなり駆け出す。

 春人は地毛が茶色なのだが、妹も同じだ。

「兄さん!」

「おう。何ともなかったみたいだな」

 泣かず飛ばずの兄とは違い、成績も良く、人気者で、将来有望だった自慢の妹だ。先ほど髪色が同じと言ったばかりだが、正しくは妹の夏奈のほうが暗めだ。


 兄も妹も、この髪色でやや面倒くさい思いをした過去があるのがまた別の話。


「おっとと……人前だって! くっつくなやい!」

「兄さん! 兄さん! よかった……!」

 両の腕でしっかりと夏奈を受け止めてやる春人。満更でもなかった。

「怪我とかないの? さっきから、兄さんと同じソルジャーが何人も……その……」

「ああーん……言いたいことは分かったからそれ以上思い出さないでいいぞ。見ての通り兄貴は無事だぞ?」

 普段見せることのない、感情的な妹の姿。こんな形では見たくはなかった。

「ほら、手も足も付いてるだろ? ハリボテじゃないぞ?」

「……あ、ほんとだ」

「抱き着いといて今まで気付かないのは流石にダメだと思うぞぉ?」


 うん、これが、いつものオレたちの会話だ――戦いの中に置き忘れてきたぬくもりが身体の内側から蘇ってくる。


 まだ、生きているのだ。

 本当はこのまま夏奈にすがりついて泣きたかった。「あんな思いはしたくない」と。

――言えるはずがない。


「あたし、怖かった……兄さん、上で戦ってるんだなって思ったら……!」

「うんうん、怖い思いさせちゃったな。ごめんな」


 自分と妹の生活の、衣食住の保障が、自分の兵役を条件になされているのだから。


「でも大丈夫だ。お前の兄貴は、お前が絡むことだけなら、昔からめっちゃめちゃ強かったろ? イジメっこと戦った時だって、な?」

 たとえここがどこだろうが、いつ出られるのか不明だろうが、へこたれることだけは許されないのだ。

「でも、ここ得体が知れないし――」

「ここがどこでも変わらないって。オレが頼りねぇのは認めるけどよ、こういう時くらいは信じてくれよ?」


 空元気でもいい。ありったけのウソで塗りつぶしてもいい。

 自分の命が自分だけのものではないことを、兄は二十歳にして強く自覚していた。


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