始まり いつか、どこかの安物な悲劇
赤い炎だ。
見渡す限り、生まれたばかりの陽炎。
「……!」
力任せに白刃を振るう。目に映る世界の全てを憎しみながら。
自分に向かって走ってくる無数の兵士も、炎をまといながら風の中を舞うカーテンも。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオ!」
背後にまで迫っていた兵士が剣を振り上げる。
「……!」
そんな男を振り向きざま、盾で弾き飛ばす。
「グッ――!?」
重たい鎧に全身を包んでいた兵士は小石の如く吹き飛び、別の兵士たちを薙ぎ倒す。
自分が、常人ならざる存在なのだとつくづく思い知らされる。
「―――――――――――――――!!」
声にもならぬ咆哮が空を震わせる――この惨劇の根元への、尽きることを知らない怨嗟。
「どうか、どうか正気に戻ってください! お願いです! 牢へお戻りください!」
ある者は矢をつがえ、別の物は剣と盾を手に突貫する。自分を包囲するそんな人間の瞳は、一種類の感情で塗りつぶされていた。
恐怖――人の皮を被った化け物への、恐れ。
「クッ――!」
その瞳が、なおさら怒りの炎を燃やすとも知らずに。
「――――――――!!」
左手に持つ剣を天高く掲げ――光る刀身。もとより普通の男なら両手で扱うほど巨大な剣が、輝く。
「っ!? いけません! それを城内で振るっては――!」
有象無象の声など届くものか。
――行かねば、外に。
――行かねば、処刑場に。
「――邪魔だぁあああああああああアアアアアアアアアアア!!」
――――――――――――――――――――――――――――――――
王国の象徴たる城の壁に、何人もの人が並んで歩けるほどの大穴が空く。
「なっ、なんだ!? 何が起こっておる!?」
ちょうど外へ出ていた国王の顔が一瞬で青ざめる。
――刹那、この広場の中央に衝撃が走る。
「うぉ!?」
「国王、お下がりください! 危険です!」
親衛隊が国王を囲む。
民衆の悲鳴、国王の足元にまで走ったヒビ、
「…………」
衝撃の中心には、城から此処までひと飛びで降り立っただろう、左利きの聖騎士。
「ッ!? き、貴様! 何故出てきたのだ! 余の命を忘れたとでもいうのか!?」
殴れば弾けて散りそうな老人の怒声など耳に入るはずもなかった。
「――ッ」
一心不乱に周囲を見渡す。兜の向こうの瞳をぎらつかせて。
目に飛び込んでくるものは大きく分けてふたつあった。
憎しみと恐怖に飲み込まれた民衆。口々に「化け物」「悪魔」と罵るあの老若男女も少し前まで、守るべき存在だった。
そして、
「あ」
絞首刑台に吊られたたったひとりの愛すべきもの。
「あ、ああぁ……ああ……!」
そのそばで愛すべきものを守るように、沢山の矢を受けて横たわる、友。
「ああ……あっ、あ、あ――!」
ふたりと初めて出会った瞬間からの記憶――思い出が脳を巡って、
「ぁぁぁあああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
壊れて、消えた。
――――――――――――――――――――――――――――――――
そこから先はよく覚えていない。
「…………」
力なく膝をついてうつむいていたから、割れた石畳ぐらいは記憶にある。
身体はもう動かない。
「アリョー、シュカ……」
だがまだ心はくすぶっていて、喉の奥から怨嗟が溢れてさえきそうだった。
「…………」
やがて心も燃え尽きて、瞳の火も消えようとしたところで――これが最後の記憶だ――黒い鎧が見えた気がした。
「…………」
「……死ぬのか」
腹の底から響くような低い声にドス黒い悪意がにじみ出ていた。
いや、悪意か、これは?
それとも……哀れみ?
そして、
「何百年、いや千年以上先かもしれん」
これが、耳にした最後の言葉だった。
「――また会おう」