0.5-3異世界で朝食を
翌朝、自然と目が覚める。目覚まし時計やアラームに急き立てられないのは久し振りだった。しかし何故か真っ暗だ、そして息苦しい。借り物の寝袋で芋虫状態なので手が出ない、寝袋の釦を外し、頭へ手を伸ばす。と、外套がずり上がって顔に掛かっているだけだった。焦って損をした。
しかし昨夜はとてもよく眠れたし、少々脚が怠いだけで昨日一日歩き続けた疲労も余り残っていないようだ。こっちに来て神経が太くなったのかなぁ、などと思いながら、上半身を起こし、寝袋から脚を抜き、そのまま毛布越しにソファへ座り直し、眼鏡を掛け、左の靴を履く、右の靴を持ちながら、この靴も元は只のスニーカーだったはずなのに、今は物凄く足に馴染んでいるなぁ、そしてとても軽い。
鑑定を起動すると、
『魔法の半長靴
歩き易く森林散策や山歩きにも適したショートブーツ。遺産級
付与:自動調整、疲労軽減(6割)、防汚(弱)、防臭(弱)、自浄(弱)。』
『魔法の中敷き
魔法の半長靴専用のインソール。遺産級
付与:自動調整、疲労軽減(2割)、防汚(弱)、防臭(弱)、自浄(弱)。』
疲労軽減の6割と2割は、重複で8割なのか個々で6割8分なのか、と考えると、
『疲労軽減:専用なので重複し8割です。』と重なって表示される。
成る程なぁ、と感心していると、鑑定の表示が消える。鑑定さんは此方の意図を汲んでくれるようだ。右の靴も履いた。
水源の魔導具で喉を潤していると、ドアがノックされ、返事をするとエプロンを掛けたフィルが顔を出す「おはようアメリちゃん、良く眠れたかしら」「フィルさんおはようございます。はい、よく眠れました」「そう良かったわ」と優しく微笑み「じゃあ朝食にするから、顔を洗ってからいらっしゃいね」と、木桶に入った水と麻製らしき少しごわごわした生成り色の布を渡される。「使った水は、窓から撒いちゃってね」と云いながら部屋を出て行く。
受け取った水と布を窓辺の小机に置き、鞄から元化粧ポーチの現布袋を取り出し、その中から携帯用の分割式プラスチック歯ブラシだったものを出す、木製の柄と謎物質のブラシになっていたが使用に問題はなさそうだったので、髪を一纏めにし、歯を磨き、顔を洗う。
(あぁ、明日から桶と布だけで良いって後で云わないと、こっちはお風呂とかどうなってるんだろうなぁ。)
昨日はさっさと寝てしまったが、何を訊き、何を調べなきゃいけないか、などやることを一度リストにしなきゃなぁ、と思いながら、窓を開け、水を撒く。窓の下は花壇だった。
広間に行くと卓上には既に幾つかの料理が並んでいた。イルミンさんに朝の挨拶をし、台所のフィルさんに何か手伝えることはないかと声をかける。そこのスープとサラダを運んだら座ってていいわよー、と云われ並べ終わると、間もなくフィルも椅子に掛けた。
イルミンはエルフの先祖に、フィルは天狐に、私は多分八百万神に、三者三様の挨拶をして、食べ始める。
メニューは、ライ麦パンっぽいのが2つと昨夜と同じポトフスープが1杯、ローストビーフっぽい謎肉と葉野菜のサラダ(塩レモンドレッシング)は大皿、それにフルーツの入った籠、とマグカップにミルク。
結構な量だ、話によるとこっちの世界では、朝晩は割としっかりした食事で、昼は軽めかそもそも食べないらしい。
見たことない食材などが多々あるので、ちょこちょこと鑑定しながら、食事を進めた。
・・
・
食器を下げるのを手伝い、三人で紅茶を飲みながら、食後をゆっくりと過ごした。
1杯の紅茶を飲み終えたところで、イルミンはパン屋に話をしてくる、夕方には戻ると言い弓矢を担いで出て行った。行き掛けに「自分の家だと思ってゆっくりしていいからな」と云ってくれた。
2人でイルミンを見送って、フィルは「私も午前中は森でちょっと採取してくるから、アリスちゃんは何を知り、何を訊きたいか、ゆっくり考えておいてね、昨日の今日で大変だったでしょ。午後はちょっとしたお菓子でも一緒に作りましょ」と云い、サッと支度をして家を出た。
昨日会ったばかりの見ず知らずの私に家を任せてしまって良いのかなぁ、と思うと同時に、あぁスローライフだなぁとも思い、伸びを一つ。
小部屋に戻り、取り敢えず手持ちの物を隠蔽しちゃおうと、ソファーに座り鞄を逆さに振って中身を全部出す、鑑定して隠蔽してを繰り返す、大まかには『魔法の~』という部分を隠蔽すれば一先ず大丈夫だろうと、さくさく作業した。全部に隠蔽を掛け終わったのが、体感で多分10時ぐらい。
魔法の手帳と魔法の筆箱と魔法の筆記帳を持って、窓際の小机に置き、木製のスツールに腰掛けて、さぁて、何をどうするか。
魔法の筆記帳に魔法のペンで『・衣』『・食』『・住』『・一般常識、礼儀作法』『・魔法、魔術、魔導具?』『・動物、魔物?』『・植物』『・仕事、職種』『・物価、通貨、交換?』『・地理』『・社会、政治?』『・文化、教育体系?』『・種族?言語?』『・科学?化学?錬金術か?』『・etc』と、小中学校の授業などを思い浮かべながらページ毎に大項目を書き連ねていく。
大項目はこのぐらいかな?まぁ思いついたら書き足せばいいか、と。
催したのでトイレへ行って、小部屋に戻り鞄から水源の魔導具と魔法の袋飴を取り出して続きを書こうと机に向かおうとしたところで、何処かから声が掛かる。
『おい、主、余は隠蔽せんでいいのか』と、偉そうな物言いが聴こえてくる。
「え?」辺りをキョロキョロと見回し、ソファの下や裏側、据え付け棚や引き出しの中などを調べるが、やはり部屋には私しか居ない。
『何処をみておるのだ、余は此処だ』と、再度聴こえてきて、ソファの上に畳んで置いてあった外套の右腕がヒラヒラと振られていた。
「ひぃっ!」と驚いてソファと対面の壁側まで後ずさる、それと同時に鑑定さんが起動した、其処にはこう記載されていた。
『死神の外套』