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はつと鵺 〜天正伊賀物語〜  作者: 高山 由宇
【第二部】 里での生活
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第一章 同居

挿絵(By みてみん)


はつを任された鵺がとった行動とは……。

挿絵(By みてみん)




「お前が住まう室を作る」

 岩牢から解放されて一夜明けたこの日、頭領に呼ばれた(ぬえ)とともに屋敷へと出向いていたはつだったが、日が西の空に傾く頃に鵺の家へと戻ってきた。そして、家に入るやいなや、唐突に鵺がそう言い放ったのだ。それからの行動は迅速であった。瞬く間に拵えてくれたのだが、出来上がったらしい空間を見てはつは頭を抱えた。

「……まさか、これが室ですか?」

「ああ」

 素っ気なく鵺が言う。しかし、それは、鵺の家の中に衝立をひとつ置いただけの、おおよそ室とは呼べないようなものであった。

「これの、一体どこが室ですかっ」

 驚きと、鵺のあまりにも不遜な態度に、はつは思わず声を荒げた。

「何事だ」

 戸を開けて顔をのぞかせたのは、草之助である。家の外にまで声が漏れてしまったことを知り、はつは慌てて口を噤む。だが、心は落ち着かないままだ。

「どうしたのだ」

 草之助に尋ねられ、はつは理由(わけ)を話した。

「鵺……さんが、室を作ってくれると言うのですが……」

「なるほどな」

 話はまだ途中であったが、草之助にはそれだけで事情が呑み込めたようだった。

「鵺、衝立で仕切っただけでは、はつが嫌がるのも無理ないことだ」

「それは致し方ない。ここに余分な室などないのだから」

「それならば、この家の隣に小屋でも建てては下さいませんか。小さなものでよいので」

「駄目だ」

 はつの訴えを鵺は一蹴した。

「離れていては、もしもの際に対処が遅れる」

「もしも……?」

「里の中に、はつを間者と疑っている者は少なくないからな」

 草之助の言葉にはっとした。命を狙われる危険が、まだ完全に去ったわけではないのだ。

「それに、お前が間者でないという確証もない」

 鵺の冷たい視線が突き刺さる。

「いずれにせよ、頭領よりお前の目付を言い渡されたのだ。お前には、俺の目の届くところにいてもらわねばな」

 助けを求めてちらりと草之助を見る。草之助は溜め息混じりに口を開いた。

「まあ、お前の言い分はわかる。だが、衝立だけというのは……なあ? はつは女子(おなご)なのだぞ」

「では、どうせよと言うのだ」

「うむ……。ああ、そうだ。裏に使っていない物置小屋があったろう。あれを改築すれば……」

「それでは、はつの言うことと何も変わらんではないか」

「だがな、鵺。お前はよいだろうが、はつにお前と寝起きをともにしろと言うのは、酷なこととは思わないか」

「俺は、それが最善の策だと思うがな」

「まったく……女心のわからない奴だな」

「それは悪かったな。俺は、お前のように誰彼構わず愛想を振り撒くことができないのだ」

「今日はやたらと噛みつくではないか。何かあったか」

「……何もない」

 ふいっと、鵺が草之助から顔を背けた。

「俺がくる前に、鵺の身に何かあったか?」

 こそりと尋ねられ、はつは首を傾げながらも知っていることを話す。

「さあ……。頭領のお屋敷に行って先程帰ってきたのですが、特に何かあったということはないように思いますけれど……」

「頭領の屋敷に出向いていたのか?」

「ええ」

「ふむ、なるほどな」

 草之助は、どこか腑に落ちた様子だった。

「……なんだ」

 鵺が草之助を睨む。だが、草之助の方はまったくもって意に介していないようだ。

「俺も先刻までそこにいたのだがな」

「そうか」

「声をかけてもよいだろうに」

「悪いが気づかなかったな」

「ふうん」

 はつには、二人が何について話しているのかわからなかった。だが、問題は完全にすり替えられてしまったようだ。

「あの……」

 はつが声を上げると、二人がこちらに振り向く。草之助が思い出したように言った。

「おお、そうだ。今ははつの話をしていたのだったな」

「とにかく、小屋を建てるのはなしだ」

「お前は、(まこと)に頑固者だな」

「何とでも言え」

 草之助がちらりと目配せをする。わずかに困ったような表情のあとに、ふるふると首を横に振られた。はつはがくりと肩を落としたが、鵺の言い分も理解はできる。それに、申し訳なく思うところもあるのだ。

 ――私と会わなければ、こんな厄介事を押しつけられることもなかったのだろうな……。

 そう思うと、あまり強くも出られない。結局、はつは鵺の提案を、渋々ながらも受け入れるしかなかったのだった。


「あの、鵺さん」

 言ったところで笑い声が起こった。草之助からである。呆気にとられているはつに、鵺が渋い表情で言う。

「お前が妙な呼び方をするからだ」

「そうですか?」

「頭領以外には敬語も敬称も必要ない」

「極端だな」

 脇から草之助が口を挟んだ。

「はつよりもずっと年重(としかさ)に見えたなら、それはやはり、礼儀として敬語を使うべきだと俺は思うがな」

「そうですね」

「だが、俺たちにはその必要はないぞ」

 やはり、草之助は己よりもはつが年下だと思っているようだ。はつは、本当のことを言うことができずに口を噤む。

「それで、何だ」

 鵺の苛立った声に、先程鵺を呼びっ放しになっていたことを思い出した。

「あ、頭領のお屋敷での話が気になって……」

「何かあったのか?」

 草之助が鵺に向く。

「抜けた者のことだ」

 鵺は簡潔に説明した。

「頭領は、鵺に始末を任せると仰っていました。始末とは、どういうこと?」

 尋ねられた鵺の表情が、少しばかり陰ったように見える。

「見つけ次第里へと連れ帰り、処断せよということだ」

「処断?」

「殺せということだ」

 はつが息を呑む。頭領の口振りからそういう話であることは何となく感じていたが、はっきりと耳にすると胸が詰まる思いだった。

「鵺が、その人を殺すの?」

「ああ」

「どうして」

「もともと、それが俺の任務だからだ。俺は、奴を追っていた折りにお前に会った。そのせいで奴には逃げられてしまったのだ。だが、そう逃げ切れるものではない。いずれ捕まるだろう」

「そうしたら、鵺が……」

「斬る」

 短い言葉の中に秘められた決意を、はつは肌で感じていた。

 人を殺そうとしたこともなければ、殺されそうになったこともないはつにとって、その言葉にどれほどの重みがあるのかはわからない。

「そう……」

 この時のはつには、ただそう呟くことしかできなかった。

やむなく、鵺と共同生活を強いられることとなったはつ。

その鵺の任務は、里の抜け忍を処断することだった。

だが、それはまだ先の話……。


次回、女たちの戦いが勃発します。

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