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はつと鵺 〜天正伊賀物語〜  作者: 高山 由宇
【第一部】 時を超えて
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第五章 拷問

挿絵(By みてみん)


「拷問」という、聞き慣れない言葉を突きつけられたはつ。

恐れおののくはつに、鵺は容赦なく迫り、その距離を縮めた。

挿絵(By みてみん)




「これよりお前を拷問する」

 捕えられて三日後の夕刻、岩牢に現れた(ぬえ)がはつを牢から出した。ようやく無実であることがわかったかと安堵したのも束の間、はつの耳に思いもよらぬ言葉が飛び込んできたのである。

「ごうもん……?」

 聞き慣れない言葉を、鸚鵡(おうむ)返しのように呟く。

「そうだ」

 それに対し、鵺は実に素っ気なく返した。

 はつが牢から出されて間もなく、梯子を鳴らす音が相次いで聞こえてきた。下りてきたのは、はつの処遇を巡っての評議の間に居合わせた里人らである。その最後に頭領が下り立つ。そして、命じた。

「鵺、始めよ」

「は」

 頷くと、鵺ははつににじり寄った。はつは危険を感じて後ずさる。

「……こないで……っ」

 消え入りそうな声で訴えた。だが、鵺は聞く耳を持たぬとばかりにはつとの距離を詰めていく。はつが下がる。その分だけ鵺が間を詰める。それを繰り返し、ついに硬い岩の壁にはつの背が当たった。はつが息を呑む。鵺の左手がはつの細い首にかけられた。

「女、問いに答えろ。お前は間者か。何処(いずこ)かの回し者か」

 答えようにも声が出ない。恐ろしさのあまりに(すく)み上ってしまったはつは、ぎこちない動作で首を横に振るのが精一杯だった。

「そうか」

 はつの首を絞めつけたまま、鵺は右手をはつの左手の小指にかけた。そして、その爪を指先で(はじ)く。

(まこと)のことを申せばよし。さもなくば、お前を待つのは死よりも辛い拷問だ」

「……知らない……本当に、私は何も……」

 左手で拘束したまま、鵺は右の手甲から棒手裏剣を抜き取るとはつの小指の爪にかけた。

「あっ……」

 短い悲鳴のあと、はつがぐったりとその身を鵺の肩口に沈める。はつの足元には数滴の血痕が散っていた。

 微動だにしなくなったはつの体を支えながら、鵺は頭領へと向き直る。

「小指の爪を剥いだぐらいで気を失うようでは、間者など務まらぬかと存じます」

 ことの次第を見守っていた一同は、鵺と同じく頭領に向き直った。

「うむ。いずれにせよ、気を失っていては拷問を続けることは無理であろうのう。だが、間者でないとも言い切れぬうちは、この者を里の外へ出してやるわけにもいかぬ。ひとまずは鵺の預かりとする」

「それは、この者を私に任せると、そういうことにございますか」

「さようじゃ。これより、鵺をその者の目付に任じる。草之助とともに面倒を見てやるがよい」

「……私もにございますか」

 頭領と鵺の話を割って、草之助が驚きの声を上げた。

「お前はもとより、常日頃から鵺の目付役を買って出ておったではないか。今回もそう致せ」

「は……」

「この者についての処遇は以上とする。その後、何かあれば追って沙汰(さた)致す。みなの者、よいな」

「はっ」

 一同は声をそろえ、それに従う意思を示したのであった。

 だが、頭領が岩牢を出て行って間もなく、小次郎が舌打ち混じりに言い放った。

「こんなものかよ。これが拷問と言えるのか?」

「拷問の目的は痛めつけることじゃない。見極めることだろう。さっき、あんたがそう言ったんじゃないか」

 浅葱の言葉に、小次郎は再度舌打ちをする。

「なんだ、浅葱。まさかお前が鵺の肩を持つとはな」

「馬鹿言うんじゃないよ。誰が鵺の肩なんか持つもんか。かと言ってあんたの肩も持つ気はないけどね。あんたのやり方には毎度反吐(へど)が出るよ」

「はん。そうかよ」

「いいかい、小次郎。血縁のよしみで言っておくよ。あんた、人の不幸を食い物にしていると、いつかあんたがそれと同じ苦しみを背負うことになるよ」

「ふんっ。小娘が知ったようなことを……」

「もういい」

 弥助が見兼ねて止めに入る。小次郎は興醒めとばかりに、さっさと岩牢を出て行った。

「浅葱、小次郎のことで気分を害させたのは悪い。だが、二度と言わないでくれないか」

「……何をだい」

「いつか小次郎が苦しみを背負うことになると言ったろう」

「言ったね。けれど、あいつは、そう言われるだけのことをしているんだ」

「それはわかる。しかし、言霊(ことだま)と言うではないか。人の言葉には魂が宿るという。言えば、それは真になる。あれでも小次郎は、俺の実の弟なのだ。……頼む」

「ああ……そうだね。わかったよ」

 こうして、はつを巡る騒動は一応の終結を迎えた。はつは、三日続いた地下牢獄での生活をようやく終え、外の世界に出ることを許されたのである。


 はつが目を覚ましたのは、整然とした部屋の片隅だった。起き抜けの頭で見回す。十畳程の一室に台所や囲炉裏、土間まであるようだ。生活に必要最小限の物しか置かれていない、そんな印象の部屋だった。

 体を起こすと背中が痛んだ。布団に寝かせられてはいたものの、その薄さは床に寝ているのとそう変わらない。軋む背中を擦っていたところで、扉が開かれた。久方ぶりの太陽の光が目を刺激する。

 ――もう朝になったのか……。

 そんなことを思っていると、光の中から現れたのは、これまた太陽のような笑顔を湛えた男だった。

「目を覚ましたか」

 眩しさを堪えて目を凝らす。入ってきたのは草之助であった。

「ここは、貴方の家ですか」

「いや、鵺の家だ」

 鵺の名に、岩牢でのことが鮮明に思い起こされる。

「そうだ……私は、あの人に爪を……」

 不思議と痛みは感じなかった。脳が痛々しい出来事を忘れようとしていたからかもしれない。恐々としながら、布団の中から手を抜き出して見る。はつは、唖然として左手の小指を見つめた。念のために右手の小指も確認する。その後、すべての指先を凝視した。

 すべての指に爪があった。傷ひとつなく、出血した痕跡もない。

 腑に落ちない様子のはつに、草之助が口を開いた。

「鵺の気にやられたのだろう」

「……気?」

「鵺は、其方が間者でないと思っていたのだろうな。だが、里人の中には、其方を拷問にかけろと言う者もいてな。そこで策を講じたのだ」

「でも、私は……確かに爪を剥がされたように感じました」

「そう錯覚させるほどの気を放っていたのだ。修行を積んだ者ならいざ知らず、常人ならば気を失うほどのな。はつが気を失ってくれてよかった」

「……」

「だから言ったであろう。鵺と出会ったことこそが、其方の幸運であったと」

 そう言って草之助が笑うと、再び扉が開かれた。次に入ってきたのは、話の中心にいた男……鵺である。

「草之助、きていたのか」

 草之助をちらりと見たのち、はつに目を向ける。そして、白い布切れを投げて寄越した。

「そいつを左の小指に巻いていろ」

 はつがそれを受け取る。なんの変哲もない、麻でできた布切れだった。

「しばらくの間は外すな」

「そう言うお前は手当てをしなくてよいのか」

 草之助が笑いを含んで尋ねる。

「その指、棒手裏剣で切ったのか」

「……黙れ」

 そんなやり取りをしながら、二人はそろって開かれた戸から出て行ってしまった。再び静寂が訪れる。

 はつは、鵺が置いて行った布切れを、言われたように左手の小指に巻いた。すると、不意に涙が頬を伝う。

 ――とりあえず、目先の危機は脱したってところかな……。

 はつは、布切れを巻いた小指を握りしめ、これから先のことを思って一人感じ入っていたのだった。

ようやく目先の危機から解放されたはつ。

しかし、今後もはつを幾多の試練が襲う。


次回から、第二部に突入します!

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