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はつと鵺 〜天正伊賀物語〜  作者: 高山 由宇
【第一部】 時を超えて
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第二章 投獄     ※写真付

挿絵(By みてみん)


男に連れられてきたところは、伊賀国にある隠れ里のひとつだった。

挿絵(By みてみん)




 はつが連れてこられたのは、生い茂る木々の奥に隠れるようにしてある村だった。

挿絵(By みてみん)

「伊賀の里のひとつだ」

「伊賀の里……」

 肩で息をしながら男の言葉を繰り返す。険しい山中を長いこと歩き続けたはつは、全身にじっとりと汗をかいていた。一方、傍らの男は、汗どころか息ひとつ乱れた様子はない。男が里に入ろうとするので、笑う膝を叱咤してはつも後を追った。

 あと数歩で里に入るというところで、前を行く男の腕が、はつが先を行くことを制するように伸びる。

「なに……」

 なぜ止めるのかと尋ねようとした時、はつの足元に一本の矢が射かけられた。突然のことに声を呑むはつの耳に、威勢のよい女の声が届く。

「ちょっと、あんた。何者だい?」

「菊乃か」

 代わりに答えたのは、傍らにいる男だった。はつにはどこにいるのかまるで見えないが、男には見えているのだろう。近くに(そび)え立つ木の一点をまっすぐに見据えていた。

(ぬえ)、何だって知らない奴を連れてきたりしたんだい」

 鵺と呼ばれた男が、はつの足元に刺さったままの矢を抜き取った。

「それに、あんたは任務に出ていたはず。務めは果たしたのかい」

「いや」

「だと思ったよ。やはり、あんたには荷が重過ぎたようだね」

「菊乃。とにかくここを通せ。そのことは頭領に(じか)に話す」

「通せるわけがないだろう。あんたはともかく、後ろの妙な奴を通すことはできないね」

「ならばどうする?」

「里の場所を知られたんだ。死んでもらうしかないだろうよ」

 ふいに、ぴりりと全身の毛が逆立つような感覚を得た。

 ――殺気……?

 初めてのことに呼吸も忘れて呆然としていると、鵺が手にした矢を木の向こうへと投げる。それとほぼ同時に、木の葉を散らしながら飛んでくるものがあった。鵺の投げた矢と飛んでくるものとがかち合い、それぞれがあらぬ方向へと落ちて消える。

「鵺っ」

「菊乃、里での私闘は掟破りだぞ。頭領の判断を仰がず、勝手に殺すことはならぬのが決まりだろう」

 舌打ちが聞こえたような気がした。ふと、金縛りが解けたように体が楽になる。そして、一気に多量の汗が全身から吹き出した。額を流れた汗は、頬を伝い地面に染みを作っていく。

「鵺、よく戻ったな。首尾はどうだ」

 里に入ってすぐに、明るい男の声が近寄ってきた。

「よくないな。邪魔が入った」

「ふうむ。そうか」

「今から頭領のもとへ向かう」

「まあ、それはいいが……」

 その男は、明らかにはつを警戒している。

「鵺、この者は……」

「言ったろう。邪魔が入ったのだ」

「なるほど……」

 里に入ってからというもの、鵺の歩く速度がさらに増した。頭領とやらのもとへ急ごうとしているのだろう。だが、散々山道を歩かされたはつの体力はほぼ限界であった。足を(もつ)れさせたはつがその場に倒れ込む。咄嗟にそれを支えたのが、鵺と親しいらしい男だった。

「おい、無事か」

「はい……」

 答えてはみるものの、はつの足はがくがくと震えが止まらず、まともに立つことも難しい状態であった。

「駄目だな、これは」

「まったく面倒な……」

 鵺がはつを背負おうと腰を屈めたところで動きを止める。

「帰ったか、鵺よ」

 しわがれた、されど威厳のある声が耳に届いた。

「頭領」

 目の前の老人に、鵺ともう一人の男が(ひざまず)く。

「鵺、仔細(しさい)を話すがよい」

「はっ。私は、ご命令通りに奴を追いました。奴は、私の目を晦まそうと考えたのか、林の奥へと逃げ込みました。それを追い林に入ったのですが、今一歩で捕らえられると思った矢先に、この者が私と奴との間に降って参ったのです」

 鵺がはつを指し示した。

「その期に、奴には逃げられてしまった次第にございます」

「むう。降って参った、とな」

「私も何と説明申し上げればよいのか……。しかし、それ以外に申し上げようもないのです」

「さて、鵺の申すことは真か。弥助、浅葱(あさぎ)

「はっ」

「ここに」

 いつの間にそこにいたのか、音もなく現れたのは中年男と若い女だった。

「弥助」

「は。鵺の申すことは真にございます。鵺は、奴を林の中で追い詰めました。しかし、今ひとつというところでその者が降って参ったのです。それさえなければ、鵺は奴を捕えていたでしょう」

「ふむ。浅葱」

「はい。結果だけを申し上げるならば、弥助の言うことに間違いはございません。ですが、鵺が真に奴を捕えようとしていたかは疑わしくもあります。奴との間に距離を保って追っていたようにも見受けられました。私には、邪魔が入ったのを好機と、敢えて奴を逃がしたのではないかと思われます」

「ふむ。なるほどのう。草之助、今の三人の話を受け、お前はどう見る」

 鵺の傍らで跪き、ことの次第を伺っていた男に向かって頭領が尋ねた。

「はい。私は、この者が降ってきたという次第のことはわかりません。三人の申すところはそれぞれに筋が通っております故、いずれも偽りのないところかと存じます。ただ、私が言えることは、鵺が手を抜いて奴を追っていたのだとしたら、鵺の腕はたいしたものだということです。そのようなこと、並の者にできることではございませぬ」

 浅葱が、きっと草之助を睨んだのがわかった。

「ふむ。お前たちの申すことは相わかった。林の向こうは甲賀領。それならば、奴も近々捕らえられよう。すでに甲賀には知らせを送っておるでのう。さて、今の話の中で最も不審な点は其方(そなた)のようじゃな」

 頭領が、立ち尽しているはつに目を向けた。

「其方が突如降って参ったとみなが申しておるのじゃが、どういうわけか説明してもらえるかのう」

「えっと……私は……」

 説明を求められたところで、はつにも何が何だかわからないのだ。答えようもない。しかし、この場で答えなければ命に関わるようなことにもなりかねない。そう思えるほどに、頭領の周りにはぴりぴりと張り詰めた空気が流れていた。

「頭領」

 しどろもどろとなったはつの言葉を割って、鵺が口を挟む。

「この者は、おそらく記憶を()くしておるのでしょう」

「ほお」

「そんなことがあるはずありません。記憶を失くしたなど言い逃れです」

 鵺の言葉に異を唱えたのは浅葱だ。

「鵺、そいつが記憶を失くしたなどと何でわかるんだい。大体、もしもそうなら、そんな奴など放っておけばよかったじゃないか。何だって連れてきたりしたのさ」

「俺は、突然降ってきた此奴(こいつ)が何者か探ろうといくつか尋ねた。だが、はつという名以外、要領を得ない答えばかりが返ってくる。それをすべて偽りだとは俺には思えなかった。だが、それでも里の周辺をうろついていたのは事実。そのまま野放しにもできまいと思い、頭領の判断を仰ぐために連れてきたのだ」

「間者にしては、随分と目立つ格好をしております。それに、山道にはまるで慣れていない様子です」

 鵺と浅葱が言い合う中、その間を縫うように草之助も自らの見解を語った。

「ふむ。間者か、否か……。いずれにしても、この里のことを知られては、おいそれと里の外へ出してやるわけにはいかぬな」

 頭領の言葉に応じるように、鵺はすぐさま動くとはつの腕を後ろ手に縛り上げた。

「な、なに……」

「おとなしくしていろ」

 そのままはつは、(なか)ば抱えられるような形で歩かされ引き立てられて行ったのだった。

捕えられたはつ。

はつに待ち受ける運命とは……?

次回、牢獄内よりはつの様子をお届けします。

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