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はつと鵺 〜天正伊賀物語〜  作者: 高山 由宇
【第七部】 現代の戦国時代
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第七章 終戦、そして別れ     ※写真付

挿絵(By みてみん)


ようやく戦が終わり、滝野の里も長閑な生活を取り戻しつつあった。

挿絵(By みてみん)




 島村邸を出て大江邸の前を通った時、(ぬえ)は呼び止められて足を止めた。

 乳飲み子を抱いた桔梗が、大江邸を背に立っている。

「鵺、山に入っていたんだってね。よく無事だったね」

「ああ」

「かすみのことは聞いたよ」

「……聞いたとは、何をだ?」

「……戦の最中(さなか)に見えなくなったそうじゃないか」

「……」

「不自然な形で姿を消したのを不審に思って探しに出たのだろう? けれど、長野峠付近の崖下でかすみの(むくろ)を見つけたのだってね。草之助がそう言っていたよ」

「そうか。草之助が……」

「もしかして、実は違うのかい?」

 鵺に緊張が走る。それを知ってか知らずか、桔梗は肩を竦めて言った。

「まあ、何でもいいけれどね。……戦は終わったのだから」

 深く追及されずに済んだことに気を緩めたところで、桔梗が抱えている子を鵺の腕に移す。

「ねえ、鵺。もうそろそろさ、この子のことを呼んでやりたいのだけれど」

「……」

 腕の中で安らかな寝息を立てている子を、鵺は見つめた。ふと、甲高い鳴き声が鼓膜をくすぐる。空を見上げると、二羽の燕が悠然と飛び交っていた。

挿絵(By みてみん)

「……飛燕(ひえん)

 空から腕の中の子に視線を戻す。

「飛燕?」

 桔梗が訝しむように、鵺と空の燕とを交互に見遣った。

「もしかして、たった今考えついたのかい?」

「……縁起のいい鳥だ」

「縁起がいい、か。そう言えば、鵺は案外迷信家だよね」

「迷信家と言うほどのことでもないと思うが……」

「飛燕……。いい名だね」

 そう言うと、桔梗は鵺の腕の中で眠る子の頬を優しく撫でる。

「飛燕。強く、逞しくおなりなさいね」

 その言葉が届いたのか、飛燕は母の手に頬を擦りつけるような仕草をしたあと、実に愛らしい笑顔を二人に見せたのだった。


 鵺が島村邸から戻ると、はつは既に身支度を整えていた。

「あ、鵺。いいところにきたね。ちょうど準備ができているよ」

 そう言い、はつは味噌汁を掬って椀に注ぐ。そして、二人は揃って朝餉(あさげ)を摂った。

 その後、はつが洗い物をしていると、その隙に鵺が己の着物を(はだ)けさせた。(さらし)に覆われた上半身が露わになる。晒を外し始める鵺を横目に、はつは急いで洗い物を済ませると鵺のもとへと歩み寄った。

「一人じゃ大変でしょう? 私がやるよ」

 少しばかり思案していた鵺だったが、確かに一人では困難だと気づいたのか、素直にはつの提案に従った。

 はつは、巻かれた晒を丁寧に外していく。そして、出てきた傷痕を見て思わず息を呑んだ。

「……よく平然としていられたね」

「鍛えているからな」

「これは、治っても傷痕は残るかもしれないよ」

「……そうか」

 はつは、薬を塗りながら首を傾げる。鵺の様子がどことなくおかしいと感じたのだ。

「なんか、嬉しそうだね」

 そう告げると、

「気のせいだろう」

と、いつも通りのぶっきらぼうな言葉が返ってくる。

 その後、晒を巻き直したところで鵺は着物を正した。

「痛くはない?」

 はつが尋ねると、

「ああ。だいぶいい」

 そう言い、腰を上げる。

「それじゃあ、行こうか」

 はつは急ぎ足で土間へ下り立ち、戸を開けた。その瞬間、秋の清々しい風が入り込み、家中を駆け巡った。はつは外に出ると、その風を胸いっぱいに吸い込んだのだった。


 はつと鵺は雑木林の中にきていた。

 人が容易に立ち入らない奥にあり、それでいて柏原城を見通せる場所を見定めて穴を掘る。そこに、懐紙に包まれたかすみの遺髪を埋め、大きめの石をいくつか積み上げて墓石とした。

 はつは、跪いて両手を合わせる。鵺は手を合わせることはしなかったが、じっと墓石を見つめているその目は、何やらかすみと話でもしているかのようにはつには思えた。

 ここにきて、ようやく戦が終わったのだという実感が二人の心を満たしていく。

 ことが済み、はつと鵺は雑木林をあとにした。

 林を抜けると、眩しい陽の光が目を刺激する。

「鵺、はつ」

 遠くから二人を呼ぶ声が近づいてきた。草之助である。その半歩後方には千手(せんじゅ)姫の姿もあった。

「鵺、久方振りに手合わせでもしないか」

 草之助の誘いに、鵺は溜め息を()く。

「戦も終わったばかりだというのに……」

「何だ、疲れて動けないか? それとも背が痛むのか」

「誰があれしきのことで」

「では、よいな?」

 草之助に言い(くる)められる形で、鵺は仕方なしに承諾した。そこで、四人は連れ添って鵺の家を目指す。

 そしてやってきた。昨年の冬に雪合戦を繰り広げた場所である。

 鵺と草之助が対峙する。二人の手にあるのは刃引き(刃を引き潰し切れないようにしたもの)の刀だ。

 草之助により、千手姫が判定を任されたらしい。はつはといえば、鵺に教わった木登りの練習がてら、まさに高みの見物を決め込んでいた。

 鵺と草之助は、それぞれ刀を構えて互いを見据え合う。先に鵺が動いた。上段から面を取りにきた鵺の刀を草之助は跳ね上げる。そのまま逆に面を取りに行くが、鵺は寸でのところで一歩後退しそれを避けた。そして、大きく前進し、体勢を崩した草之助の懐に飛び込むと、刀の切先(きっさき)をその喉元に突きつけたのである。

「一本」

 千手姫の声が上がる。

「まだまだだな」

 勝ち誇ったように言う鵺に、

「さすがだな。刀ではお前に勝てんか」

 草之助が苦笑を浮かべた。だが次の瞬間、草之助は手にした刀を投げ捨てると、刀を持つ鵺の手首をつかみつつ背後に回り込んで締め上げたのだ。俄かに力を失くした鵺の手からは刀が抜け落ちる。

「体術ではまだ俺の方が上だな」

「一本」

 鵺を押さえつけ、その動きを封じている草之助に、ころころと笑いながら千手姫が声を上げた。

「お前は武士になりたいのだろうが。体術より剣術を磨け」

 押さえ込まれた腕が痛むのか、苦痛の表情を浮かべる鵺が声を荒げた。

 そんな光景を、はつは木の上で微笑ましく見つめている。そして、ふと思った。

「今日は九月二十二日か」

 誰にともなく呟く。

「今日で丸一年だね……」

 はつが戦国時代にきて一年が経った。この節目の時に思うのは、いつ戻れるのかということだ。あるいは、もう二度と戻ることができないのかもしれないということである。やっと戦が終結して喜ばしいことではあるし、よくしてくれるみなとずっと一緒にいたいとも思うのだが、やはり現代に戻りたいと思う心はどうにも捨てようがなかった。

 ……その時である。

 突如、大地が揺れたのだ。それは、地割れでも起こるのではないかと思われるほどに、凄まじい揺れであった。

 はつは木から振り落とされまいと、必死に目の前の枝にしがみつく。その中にあって、みなは無事だろうかと三人に目を向けたのだが、不思議なことに誰もが平静を保っていた。いや、むしろ揺れ自体に気がついていない様子である。

 もしかしたら、この揺れは己にだけ起きているのだろうか……そう思った刹那、ひと際大きな揺れに体が宙へと持ち上げられた。はつを懐かしい浮遊感が襲う。そして、そのまま、背中から地に叩きつけられたのであった。


 はつは、膝と胸に痛みを覚えた。

 背中を打ちつけたはずだが、膝と胸に痛みがあったことを不審に思いながら起き上がる。顔を上げれば、そこは滝野の里ではなかった。鵺の家もない。鵺も草之助も、千手姫の姿もどこにもなかった。

 木が絡まり合ってできた小さなトンネルの中にはつはいた。一年前に(くぐ)ろうとした、まさにそのトンネルである。

「……戻ったの……?」

 体についた土や木の葉を払う。そこで、小袖を身に纏っていたことを思い出した。祭でもない限り、現代ではかなり目立つ格好である。

 周囲を見回しながら、誰もいないことを確認してトンネルを出て見たものは、一年前と何ら変わらない景観だった。空を見上げれば、太陽が真上に差しかかろうとしている。

 人目を避けるように、はつは裏道を通って家路を急いだのだった。

突如、戦国時代に別れを告げることとなったはつ。

名残惜しく思うものの、ようやく戻れた現代に歓喜する心を抑えられず、はつはひたすらに家路を急いだ。


次回、一年振りの我が家へ……。

そして、その後の伊賀国について知る。

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