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はつと鵺 〜天正伊賀物語〜  作者: 高山 由宇
【第七部】 現代の戦国時代
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第六章 弥助の任務

挿絵(By みてみん)


鵺は、早朝から島村邸を訪れていた。

挿絵(By みてみん)




 九月二十二日。その日、(ぬえ)は朝早くから島村邸を訪れていた。早朝だというのに、門は既に開かれている。鵺がそれを(くぐ)ろうとしたところで背後から声をかけられた。

「何か用か」

 振り向いた先で、弥助がこちらを見据えている。

「ああ、少しな」

「そうか。ならば入れ」

 鵺は、弥助に促されるままに門を(くぐ)った。

 島村邸の庭先の一角に、大きな石がみっつ並んでいる箇所がある。弥助はそこまで歩み寄ると、手にしていた野菊を供えた。

「それは……」

「墓だ」

 鵺の呟きに、弥助は淡々と返す。

「何か、遺品(しな)でもあればよかったのだがな。しかし、戦の最中(さなか)のことだ。仕方ないだろうな」

 そこで、鵺は弥助に小さな守り袋を差し出した。それは、元は白かったのだろうが、血染みによりところどころ赤黒く変色してしまっている。

「島村様が持っておられた」

「……これは、かつて母が父に贈ったものだ。よく持ってきてくれた、鵺。ありがたい」

 弥助は守り袋を握り締めると、それを中央の墓の下に埋めた。

「上がっていかないか」

 池の水で手を洗い流しながら弥助が言う。しかし、鵺は首を振った。

「いや、ここでいい」

「そうか。……お前がここを訪ねてくるのは、初めてではないか?」

「そうだな」

「これまではいろいろあったろうが、もう気兼ねはいらない。この家にはもう、俺だけだからな」

 その言葉に、鵺の中のある疑念が確信へと変わっていく。

「弥助、お前の任務はどうなった」

「……小次郎の件か」

「そうだ。小次郎を捕らえたのか」

「いや。だが、それはもう済んだ」

「済んだとはどういうことだ」

「頭領には伝えてある。お前に話すようなことではない」

「死んだからか」

 その言葉に、弥助は鵺を見遣る。

「昨日、里に戻る途中の山中でな、それらしい者の(むくろ)を見たのだ」

「……」

「酷いありさまだった。激しい拷問を受けた上で殺されたようだ。誰だか判別ができないぐらい、顔は完全に潰されていた」

「それでは、小次郎でないかもしれないではないか」

「では、なぜ墓石がみっつもある? この家にはもうお前だけだとはどういうことだ。まるで、小次郎がもう帰ってこないような口振りではないか」

「里を抜けた者が帰ってくるはずはない。俺は、小次郎のことはもう死んだものと思っている。抜け忍は捕らえて殺すが掟だろう?」

「そうだ。では、なぜお前はここにいる? 追い忍を任されたお前が、いまだ抜け忍を捕らえられていないというのに、なぜ里に戻ってきたのだ」

 弥助が家の方へと歩き出す。

「おい、弥助」

 呼びかけたところ、弥助はこちらを振り向いて言った。

「鵺、家に上がれ。……墓前では話したくない」

 そう言われて鵺は己の失態に気づく。そこで、墓の前に一礼をした上で弥助のあとを追った。

 鵺が通されたのは整然とした一室だった。

「適当にしていてくれ」

 その言葉に従い、鵺はその場に胡坐(あぐら)()く。

白湯(さゆ)ぐらいしか出せなくて悪いな」

 そう言って弥助も座した。

「いや。家に上がるつもりはなかったのだ。こちらこそ突然にきてすまない」

 湯気を立ち昇らせる椀を見つめながら、これ以上尋ねてもよいものかと鵺は思いを巡らせる。それを察したか、弥助が口を開いた。

「これは他言無用に願いたいのだが」

「……」

「俺には任務がある」

「それは、追い忍を任されたことか。それとも、偵察の任のことか。有事の際の伝令なども、おもにお前の任務だからな」

「実はな、その他にもあるのだ」

「何だ」

「監察だ」

「それは……」

「里人の行動を見張り、監察するのが俺の任務だ」

 瞠目する鵺を前に弥助は続ける。

「俺は小次郎を見張っていた」

「なぜ」

「小次郎が、頭領に厳しく叱責されたことがあってな」

「ああ。他の里の忍びを(ほふ)った件だろう」

「そうだ。以来、小次郎の様子がおかしかった。どうも頭領に対してよからぬことを考えている素振りがあったのだ」

 鵺は、戦の前に雑木林の中で見た小次郎の姿を思い浮かべる。その時の小次郎は、憎悪に満ちた目で柏原城を睨みつけていた。

「小次郎が抜け忍となった折、頭領に願って追い忍を任せて頂いた」

「自ら追い忍を願い出たのか?」

「ああ。小次郎が何を企んでいるのかを知るためだ」

「……」

「小次郎はな、頭領を逆恨みした挙句に、頭領を貶めることを考えていたのだ」

「どのように?」

「滝野十郎吉政には謀反の疑いがあり……とな」

「何を馬鹿な」

 俄かに憤る鵺を宥めつつ、弥助は続けた。

「ああ。まったくもって早計であり、馬鹿なことだ。百地様に対する頭領の忠義は本物だ。百地様とて、易々とそれを受け入れることなどありはしない」

「小次郎は、(じか)に百地様へそのことを伝えに行ったのか?」

「ああ」

「……己を明らかとする物を何も持たず、百地様が会われると(まこと)に思っていたのか」

「憎しみは冷静さを失わせる。実に愚かだ」

「それでどうなった」

「見ただろう? 拷問された挙句に殺されたのだ」

「なぜ拷問を? 滝野の里の者であることを疑われたからか」

「それだけではない。小次郎が屠った他の里の忍びだがな、実は抜け忍ではなかったのだ。北畠との戦が迫る中、得た情報を百地様に届ける途中であったらしい。そんな折、小次郎もちょうど山に入っていた。どうやら、里では採れない野草の調達のためとして、外へ出る許可を頭領に願い出ていたらしい」

「小次郎が野草を……?」

「ただの口実かもしれないな。熊か鹿か、何か獲物を仕留められればとでも思っていたのではないか」

「勝手に狩りをするなど……」

 それもまた、里の掟を破る行為である。鵺は溜め息を零した。

「いつまで経っても里人が帰ってこないため、その里は別の者を百地様のもとへと送った。そこに、運悪く小次郎が出向いたというわけだ」

「しかし、なぜ小次郎がその里の者を屠ったことがわかった?」

「俺が伝えたからだ」

 こともなげに告げる弥助を前に、鵺は言葉を呑み込む。

「小次郎よりも先に百地様のもとへと行き、俺が伝えたのだ。頭領の書状を持っていた俺の話を、百地様はすぐに信じて下された」

「……」

「酷い兄だろう?」

 それに対して、鵺は何も言わずに冷めた白湯(さゆ)をひと口啜った。

「だがな、俺の任務は監察だ。頭領と里を貶める者を、どうあっても許すわけにはいかなかったのだ」

「そうか……」

「それに、小次郎は父の死の原因を作った」

 椀を持つ鵺の手がびくりと震える。中の白湯が激しく波打った。

「どういうことだ」

「小次郎は、お前のことも逆恨みしていたのだ。お前が何かと頭領から目をかけられているのが、釈然としなかったのではないか。頭領を貶めることを考え始めた時に、お前のこともどうにかしたいという考えを持ったらしい」

「……」

「お前と草之助を襲った伏兵は、小次郎の言葉を受けた北畠が配置させていたものだった」

「まさか……小次郎は、北畠についていたのか」

「百地様のもとを命辛々逃げ出した小次郎は、その足で北畠のもとを目指した。伊賀の情報を教える代わりに、北畠のもとに置いてもらおうとでも考えたのだろう」

 知らず間に鵺の眉間に皺が寄る。

「小次郎は、戦が起こってからのお前の行動を監視していたのだ。どう話したかは知らないが、お前が通る道に伏兵を張るよう北畠に進言したのは確かだ。しかし北畠とて、小次郎を信用していたわけではないだろう。半信半疑だったに違いない」

「だから、伏兵は三人という少数だったのだな」

「ああ。そして、小次郎の目論見に父は気づいた」

「……」

「父は小隊を預かる身でありながら、その任を他の者に渡してお前を追った。お前の窮地を知り、しかもそれをしでかしたは己が子であると知って、動かずにはいられなかったのだろう」

「任務を手放してまで……」

「それほどまでに放ってはおけなかったのだな。お前のことを」

「……」

「だから、父の死に関してお前が気に病むことはない。父を死なせたはお前ではない。……小次郎だ」

「小次郎は、その後……」

「北畠を隠れ蓑としていたようだが、北畠が敗走する際に取り残されたらしい。小次郎に屠られた者の同郷の者は、以来ずっと小次郎の動向を追っていた。捕らえられた小次郎は、二日間に及ぶ激しい責め苦を受けて死んだのだ」

「……随分と詳しく語るのだな」

「見ていたからな」

 鵺は、しばし言葉を失う。弥助は鵺をまっすぐに見据えて言った。

「小次郎がそうなるよう仕向けたは俺のようなものだ。愚弟とはいえ、実の弟を貶めたのだ。その俺が、目を背けるわけにはいかないだろう」

 胃の腑からせり上がるものを押し流そうとするように、鵺は冷めきった白湯を一気に飲み干した。そして言う。

「そんなこと、俺などに話してよいのか」

「よくはないな。だから初めに言っただろう。他言無用とな」

「他言無用など、そんな口約束をお前が信じるとは思わなかった」

「俺は、人を見る目は確かだと思っている」

「俺ならば、漏らすことはないと?」

「ああ、そうだ。それに、俺の任務を抜きにして小次郎のことを話すのは難しい」

「……」

「草之助にも黙っていてもらえるとありがたい」

 鵺は深く息を吐き出した。

「あのな。俺が草之助に対してひとつの隠し事もないと思っているのか?」

「そうは思わないが、ほとんどないとは思っているな」

「……」

「それだけお前たちが、常々行動をともにしているということだ」

「……ああ、わかった。草之助にも、他の誰にも言うまい」

 すると、弥助は微笑を浮かべつつ、(から)になった鵺の椀に湯気の立つ白湯を注ぎ入れたのだった。

垣間見た弥助の一面……。

この時、あらゆる疑念が鵺の中でひとつに繋がった。


次回、真の意味で戦の終わりを迎える。

そして、戦国時代から現代へ。

はつは、一年過ごした里に別れを告げます。

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