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はつと鵺 〜天正伊賀物語〜  作者: 高山 由宇
【第六部】 天正伊賀の乱
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第六章 祈り     ※写真付

挿絵(By みてみん)


鵺と草之助が頭領のもとへと急いでいる頃、里ではみなが伊賀衆の勝利を信じつつも、里人らの無事を祈っていた。

挿絵(By みてみん)




 それは、滝野十郎吉政の陣を目指して駆けていた時のこと。

 ふと、草之助がその動きを止めた。(ぬえ)も、わずかに遅れて立ち止まる。二人は周囲に気を張った。

 微かに風の音がした。

 鵺は舌打ちする。草之助がこちらを振り向いた。その目が、極限まで見開かれている。しかし、鵺はそれには構わず、驚く草之助に覆い被さるように倒れ込んだのだった。


「これ、亀之助」

 里境(さとざかい)……道祖神(どうそじん)を祀る祠の近くで、滝野十郎吉政の嫡男である亀之助は、里の向こうに鬱蒼(うっそう)と広がる森を見据えていた。

「亀之助、何をしているのです」

 今、この里において頭領の嫡男を呼び捨てにできる者は、姉である千手(せんじゅ)姫をおいて他にはない。千手姫の後ろには、桔梗(ききょう)とその祖母が付き従っていた。

「姉上」

「探したのですよ。屋敷に戻りなさい」

「姉上、みなは無事に戻ってくるでしょうか」

「亀之助、そのような気弱なことを言うものではありません。貴方は、滝野を継ぐ者なのですよ」

「はい……」

 千手姫に叱られ、亀之助は小さな体を益々小さくして項垂れた。

「顔を上げなさい。みな、滝野のため、伊賀のために戦ってくれているのです。お前はまだ幼い。ですが、いずれ滝野を率いる当主となる者が、そのような気構えであってはいけません」

 千手姫は、打掛(うちかけ)(身分の高い者が、小袖の上に羽織るように着たもの)の裾が汚れるのも構わずに、亀之助の前に屈むとその両肩を力強く掴む。

「亀之助、案ずることはありません。伊賀衆は強いのです。父上はもちろんのこと、滝野の里衆も、必ずやみな無事に戻ってくることでしょう」

「はい、姉上」

 亀之助は元気よく返事をすると、千手姫、そして桔梗とその祖母とともに、滝野の屋敷へと戻って行った。


「そんなことが……」

 亀之助が里境(さとざかい)で見つかったことを、はつは桔梗から聞いた。

「亀之助様はまだお小さいもの。不安に思うなという方が酷なことなのかもしれないね」

「千手姫様って、随分と厳しいんだね」

 はつの前での千手姫は常に穏やかであったと思う。

「それは、亀之助様だからだろうね。滝野の当主となるべく、厳しく躾けようとなさっているのよ。実際、姫様は亀之助様の姉君というよりは、お母上様のように見えるもの」

 千手姫と亀之助の母は、感冒(かんぼう)にかかりすでに他界している。

「……そうか。それなら、厳しくならざるを得ないだろうね」

 屋敷において、はつが話をするのは桔梗ぐらいのものであった。千手姫は、常に亀之助の傍に控えている。また、立場上、いまだはつを間者と疑っている里人の前で親し気にするのは憚れる雰囲気でもあったのだろう。

 その日の夜、年寄りはみなそれぞれの家に帰ったが、女子供らは屋敷へと残った。

 みなが寝静まった頃、はつは目が冴えてしまってどうにもならず、寝間を抜け出して縁側へと出向く。戸を少しばかり開けると、目の前には美しい日本庭園が広がっていた。

 心地よい夜風に吹かれながら、はつは滝野の里衆のことを思う。戦場(いくさば)にいるだろう鵺と草之助のことに思いを馳せた。そして、ふうと溜め息を()く。

「私は、本当に素直じゃないな」

 誰にともなく呟いた。鵺が戦に向かうという段に際して、はつは鵺に、千手姫のためにも生きて帰ってきてほしいと言った。はつはそれを、今さらながらに後悔していたのだ。

「鵺も草之助も、私にとってもさ……必要な存在なんだよね」

 (こぼ)れ落ちそうな満天の星空を見上げて放った声を、そよ風がさっと吹き抜けてどこかへと運んでいく。

挿絵(By みてみん)

 それから、ふとかすみのことも思った。かすみと最後に話した時、はつは引っかかるものを感じていたのだ。

「あれは、どういう意味なんだろう」

 かすみに生まれ変わりについて尋ねた際、かすみは「あればいいと思うが現実から逃げていても仕方がない」と言った。それは、今の生き方から逃れたいということのようにはつには聞こえたのだ。かすみの家は貧しいと聞くが、その貧しさから逃れたいということなのだろうか。

 そうこう思いを巡らせている間に、だいぶ時が過ぎたようだ。そろそろ寝間に戻らないと、はつの姿がないことを怪しむ者が出るかもしれない。

 縁側の戸を閉めようとした刹那、はつは声を聞いた。

 声を辿り視線を動かすと、庭の片隅に立つ地蔵が見える。そして、その前に跪く人影を見つけたのだ。闇の中にいて俄かにはわからなかったが、よくよく目を凝らして見る。

 それは、千手姫であった。

「千手姫様」

 声をかけると千手姫は驚いたように振り返ったが、それがはつだとわかるや否や安堵したように微笑む。

「寝つけないのですか?」

「ええ、まあ。姫様もですか?」

「そうですね。強い伊賀衆が負けるはずはない、そうは思うのですが……」

 千手姫は自嘲するように笑う。

「昼間、亀之助に偉そうなことを言ったばかりだというのに。これでは、亀之助に笑われてしまいますね」

 そう言いながら、千手姫は縁側に立つはつのもとまできた。そこで、はつは息を呑む。

「千手姫様、裸足じゃないですかっ」

 千手姫はきょとんとしたあと、ふっと笑って答えた。

「今、御仏にお祈りしていたのですよ。お縋りしようという身で、草履など履けません。今も戦っている伊賀衆のために、私にできることはこれより他にございませんもの」

 千手姫のその言葉には、一切の迷いがなかった。それを聞き、はつも意を決する。

 はつは、素足のままで庭に降り立った。冬が近い伊賀の土地は、夜ということも相まって、芯まで凍えるような冷たさだった。

「千手姫様、私も一緒に祈ります」

 ぶるりとひとつ身震いをすると、はつは先立ってお地蔵様の前に歩み寄り跪いた。そして、千手姫がしていたように、はつも恭しくそれに手を合わせたのだった。


 鵺は、草之助に覆い被さるようにしてその場に蹲った。だが、いくら待てども思ったような衝撃がない。訝しみながら、おそるおそる顔を上げた。そこで、信じがたい光景を目にする。

 そこにいたのは、滝野の里の有力者……弥助と小次郎の父であり浅葱と桔梗の伯父にあたる、島村陣内(じんない)であったのだった。

鵺と草之助の前に突如姿を現したのは、島村陣内だった。


なぜ、里人に忌み嫌われるのか。なぜ、忌み子と呼ばれるのか。

次回、鵺の過去が明らかに……。

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