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はつと鵺 〜天正伊賀物語〜  作者: 高山 由宇
【第六部】 天正伊賀の乱
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第五章 物資破壊     ※写真付

挿絵(By みてみん)


鵺と草之助の任務は、北畠軍の物資を奪うまたは破壊することだった。

挿絵(By みてみん)




 (ぬえ)と草之助は、闇に身を隠し、長野峠に続く道の木々の合間(あいま)を駆けていた。二人の任務は、北畠(きたばたけ)軍の物資を奪う、または破壊することである。

 わずかに先を行く草之助が立ち止まると、風の切れるような音が耳に届いた。それに答えるように、鵺も風切り音を届ける。二人の口元には矢羽が添えられていた。忍術で言うところの矢羽音(やばね)である。二人は矢羽を使い、暗号を音に乗せて届けていたのだ。

 風切り音とともに動いたのは草之助だった。草之助は闇に紛れ、野営を張っている陣地に近づいた。そして、兵糧(ひょうろう)と武器弾薬が置かれている位置を確認する。

 兵糧の傍には二人の見張りが立っていた。草之助は手近な石を拾うと、それを遠くの茂みへと投げ入れる。その音に、気を張っていた見張りたちの注意がそちらへと向いた。

 草之助の狙い通り、見張りの一人が音の出所を調べるためにその場を離れる。草之助は再び石を手にすると、先刻とは別の場所へそれを投げてやる。もう一人の見張りも動けばよいと思ったのだろうが、見張りは警戒しただけでその場を動こうとはしなかった。

 その後、音の出処(でどころ)を探っていた見張りがすぐに戻ってきた。そこで、この場は一旦退散するべきかと後ずさった草之助だったのだが、不覚にも見回りの足軽に見つかってしまったのだ。

「伊賀者だ、起きろっ。出会えいっ」

 その声に、陣営の中は俄かに騒然となった。

 草之助は兵糧(ひょうろう)に向かって何かを投げたあと、逃げの一手とばかりに木々の合間(あいま)を駆けた。だが、足軽たちは逃がすまいと松明(たいまつ)()き、草之助の姿を追う。

 松明が邪魔で姿を隠せない草之助に、追いついた足軽の一人が斬りかかる。そこへ、何やら飛んでくるものがあった。それは、刀を振り上げた足軽の顔へと命中した。次の瞬間、草之助と足軽との間に鵺が割って入っていた。

「しくじったな」

 鵺が言う。

「……すまない」

 草之助は言いながら、忍び刀を構えた。鵺は、追ってくる足軽たちに次々と何かを投げつけていく。そのすべてが敵の顔面に命中した。

「何を投げた」

「幻影に囚われる薬だ」

「どんな幻影だ」

「一時的に好戦的となる。血に興奮し、敵味方なく襲い始めるはずだ」

 しかし、薬を投げつけられた者たちは、目に入った粉末を拭うと、迷わずに鵺と草之助に向かって刀を振り上げたのである。二人は足軽たちの刀を避け、脱兎(だっと)の如く逃げる。

「効いていないではないか。あれでは目眩まし程度にしか役に立たん」

「そんなはずは……」

 鎧を着込んだ足軽では二人には追いつけない。このまま逃げ切れると思った矢先、前方の陣営からも武装した足軽が現れ、二人は逃げ場を失ってしまった。

「これまでか」

 草之助の呟きを聞きながら、鵺は一歩前へと歩み出た。

「諦めるな」

 そして、さっと草之助と背中合わせの体勢を取る。

「潔く死ぬは武士の役目。俺たちは忍びだ。わずかにでも望みがあるのなら、地べた這いずってでも生きる道を探せ」

 鵺が忍び刀を抜いた。それを横目で見ていた草之助も、手にした忍び刀を構え直す。

 まさに、その時だった。

 対峙していた足軽たちの何人かが、突如として仲間の足軽に刀を向けたのだ。俄かに斬り合いが始まる。

 しばらくは唖然としていた二人だったが、

「効いたか……」

 鵺の言葉に、先刻の薬による効果かと草之助は納得する。鵺は、その光景に深く息を吐きつつ、抜いたばかりの刀を鞘に納めた。

「よし、逃げるぞ」

 そう言いながらも、草之助はなぜか逃げてきた方へと駆ける。そして、懐から黒い球状の物を取り出し、それに打竹(うちたけ)(携帯用ライター)で火をつけると兵糧(ひょうろう)のある場所に投げ入れたのである。それと同時に、草之助は鵺のもとへと戻るなり再び逃げに徹した。ほどなくして、兵糧のあった方から爆発が起こる。爆風を肌に感じながらも、鵺と草之助は足を休めることなくひたすらに逃げたのだった。

挿絵(By みてみん)


 四半刻(しはんとき)(約三十分)も逃げ続けてようやく追手を()いた頃、二人は大木の枝に腰を下ろし、兵糧丸(ひょうろうがん)(丸薬状の携帯保存食)を手に少しばかりの休息をとっていた。

「草之助、お前が投げたのは宝禄火矢(ほうろくひや)だろう?」

 宝禄火矢とは手投げ手榴弾のことである。鵺の問いに、草之助は頷いた。

「しかし、宝禄火矢にしては威力が高い。何をした?」

「兵糧に近づいた時に、咄嗟(とっさ)に火薬を投げ入れておいたのだ」

 なるほどという(てい)で鵺は頷く。

「あの爆発ならば、兵糧だけでなく敵の弾薬も使えなくなったろうな」

 最初の爆音のあと、さらに大きな爆発が立て続けに起きた。草之助の放った宝禄火矢が、敵陣の火薬に引火し誘爆を起こしたのだろう。

「お前の薬にも助けられた。しかし、信じがたい効き目だな」

 しかし、鵺は首を振る。

「いや、遅効性ではな……。調合の仕方を誤ったかもしれん」

「だが、俺は驚いたぞ。どう調合すれば、あんな薬ができるのだ」

「……秘術だ」

「何だそれは。お前が考えたのか?」

「いや」

「では……」

「言うなよ?」

 鵺は、草之助に釘を刺してから言った。

百地(ももち)様だ」

「は……? それは、百地丹波(たんば)守様のことか?」

 鵺は、無言で頷く。

「お前は、百地様に会ったことが……」

「あるわけがないだろう」

「ならば、何なのだ」

「昔な、俺がまだ頭領の屋敷にいた頃のことだ。百地様が記したと思われる書を見たのだ。十郎様の寝所でな」

「……」

「あの時には何のことかわからなかったが、興味を持った。だから、書き写しておいたのだ」

「書き写して……?」

「ああ。最近な、それを思い出して読み返してみたのだ。そして、理解した。あれは、幻術について記した書だったのさ」

「では、それをもとに調合を?」

「ああ。そういう薬を作ったのは初めてだった。何か調合がおかしかったかもしれないが、あの効能には俺も驚いている」

 そう話すうちに、二人は兵糧丸(ひょうろうがん)を食べ終えた。休息も済んだところで、鵺は出立しようと地に下りる。だが、草之助は木の枝に腰を下ろしたまま里の方角を見据えていた。

「草之助、呆けていると死ぬぞ」

 不審に思いつつ声をかけたが、次の瞬間、鵺はその動きを止めた。それは、草之助があまりにもこの場に似つかわしくないことを言ったためである。

「お前、千手(せんじゅ)姫のことが好きだろう」

 鵺はしばし瞠目(どうもく)する。

「俺はもちろん好いているが、お前もそうなら……」

「草之助」

 草之助は、里の方角から鵺に目線を変えた。鵺は、どこか苛立った様子で草之助を見上げている。

「前にも言ったな」

「ああ。お前はその時、俺の思い違いだと言っていたな」

「ああ、そうだ」

「それは、(まこと)か?」

 草之助も木から飛び下りると、鵺とまっすぐに対峙した。鵺は、わずかに目を伏せる。だが、すぐに草之助を見据えて言った。

「もちろんだ」

「……お前は、嘘が下手(へた)だなあ」

 ふっと、草之助の笑いが耳に木霊(こだま)する。

「草之助、お前がどう思おうとも構わない。だが、その話は金輪際(こんりんざい)なしだ。二度と詮索(せんさく)をするな」

「だがな、鵺。俺は、俺のことでお前が辛い思いをするのには……」

「誰が、辛いなどと言った」

「言わないだろうな、お前は」

「ならば、千手姫様のためだと言ったら、どうだ?」

「……?」

「お前が詮索すれば、姫様の耳に入ることもあるかもしれない。その真偽は別としても、姫様としてはよいお気持ちはしないのではないか。だから、これ以上は余計なことを考えるな」

「考えるな、か。それは、難しいな」

 草之助は鵺の目をまっすぐに(とら)え、笑った。

「俺は、お前のことも好いているからな」

 その瞬間、鵺は蟀谷(こめかみ)に手を当てて項垂れる。

「何だ?」

 俄かに首を傾げる草之助に、

「……二度と言わないでくれ」

 鵺はそう言い、眉間に(しわ)を寄せた。

「おい、待て。俺は何も、妙な意味で言ったのではないぞ」

「わかっている」

 焦りを含んだ草之助の声に、鵺は顔を上げて答える。

「千手姫様と俺を同列で語るなど、無礼だと言っているのだ」

「無礼、か。だが、俺にはその違いがよくわかっていないのだ」

「お前……」

「お前が無礼と感じるのは、千手姫が頭領のご息女だからであろう? 俺はおそらく、お前ほど忠誠心は厚くないのだろうな」

「……」

「第一、どんなに頭領をお守りしたいと思ってみたところで、下忍(げにん)の身ではお傍に置いてすら頂けぬではないか」

 鵺は俯く。草之助の言うことは、今の鵺の心境にとって実に的を()たものであったからだ。

「俺は、遠くにいる主君よりも近くの友がいい」

 ふと、顔を上げる。陽だまりのような笑顔がそこにはあった。

「お前ならば、いつでも俺の手の届く所にいてくれるだろう?」

 鵺は、そんな草之助の言葉をどこかくすぐったく感じた。そこで、それを払い()けようとでもするように、大袈裟(おおげさ)なまでの動作で草之助に背を向ける。

 その直後のこと。長野峠の方角から爆音が轟いた。硝煙の(にお)いが、風に乗って伝ってくる。

「……行くぞ」

「ああ」

 鵺の号令で二人は駆け出した。目指すは、滝野十郎吉政の陣地である。ここから一()(約三.九キロメートル)ほども行くと、その陣が見えてくるはずだ。それぞれの任務を終えた滝野の里衆は、指示を仰ぐためにそこへ向かうよう命じられていたのであった。

鵺と草之助は、(から)くも任務を果たした。

そして、二人は頭領の陣を目指す。


次回、里に残されたはつと千手姫の視点から物語を紡いでいきます。

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