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はつと鵺 〜天正伊賀物語〜  作者: 高山 由宇
【第五部】 夢
27/48

第二章 林の中にて     ※写真付

挿絵(By みてみん)


大江邸を訪れた鵺。

その理由とは……。

挿絵(By みてみん)




 (ぬえ)はその日、忍び組頭である大江彦左衛門が邸宅を訪ねていた。だが、忍び組頭に用があったわけではない。

 鵺が門を(くぐ)ると、すぐに声がかかった。

「鵺?」

 声を辿れば、縁側に腰を下ろした桔梗がこちらを見据えている。

「珍しい……というか、あんたがここにくるのは初めてじゃないかい?」

「……邪魔だったか」

「いや、そんなことはないよ。今はみな留守にしていてね、都合がよかったよ」

「そうか」

「こちらへおいで」

 桔梗は鵺を手招きする。鵺は素直にそれに従った。

「鵺、もしかして、知ってここにきたのかい」

「何をだ」

「家の者が留守にしていることをさ」

「さあな」

「父や浅葱がいたら、門前払いにされていたことだろうね」

「……そうだろうな」

「それで、何かあったのかい」

「べつに」

「べつにということはないだろう? 何もないのに、鵺がここにくるとは思えないよ」

「特に用があったわけではないんだ。ここしばらくな、お前を見ていないと思ったから」

「……え? それでわざわざ訪ねてくれたのかい?」

 桔梗は目を丸くして鵺を見遣った。鵺は、いたたまれなさにふいっと目を背ける。

「桔梗……」

 しばらくの沈黙ののち、鵺が口を開いた。

「何だい」

「……すまなかった」

 突然の謝罪に、桔梗は驚きとともに鵺をじっと見据えている。それを横目にした鵺の脳裏には、いつかの草之助の言葉が蘇っていた。

「俺は、お前を避けていたつもりはなかったんだ」

「……」

「草之助に言われるまで気づかなかった。俺は、お前を……傷つけたか」

 すると、場違いなまでの明るい声が辺りに響いた。見れば、桔梗が腹を抱えて笑っている。

「やめておくれよ。私は伊賀の女だよ。そんなことで傷ついたりしやしないさ」

「……」

「鵺、私さ、赤子(ややこ)ができたみたいなんだ」

「は……?」

 一瞬、何を言われたのかわからなかった。だが、唐突に理解する。桔梗は、三月(みつき)前に甲賀忍に襲われたのだ。そこから考えれば、時節も一致していた。

「まだね、誰も知らないのよ」

「……」

「産むつもりだよ」

「……そうか」

「この子を、誰よりも強い伊賀忍に育て上げてみせるよ」

「強いな、お前は」

「それはそうよ。私は、伊賀の女だからね」

「これで、お前のせいでないということが明らかになったな」

 桔梗が小首を傾げる。

「六年前のことだ」

「ああ……」

 十七で嫁いだ桔梗は、子ができないことを理由にわずか二年で里に返されている。それが、六年前のことだった。

「ねえ、鵺。この子が産まれたらさ、名をつけてくれないかい」

 唐突な桔梗の言葉に、鵺はしばし瞠目する。

「鵺につけて欲しいんだ」

「……それは、無理だろう」

「どうしてさ?」

「大江様が黙っているはずがないからな」

「どの道、身籠ったことを知れば激怒するだろうね。それも、甲賀の抜け忍に手籠めにされたなんて、不名誉もいいところだもの。勘当されるか、もしかしたら手打ちにされるかもしれない。事情を説明することになったら、掟を破って里の外に出たことも話さなければならないだろうから」

「手打ちになどさせないさ。少なくとも、掟を破ったことに関してはな。甲賀の抜け忍を捕らえられたのは、お前の力も大きい。それに、お前には里を抜ける気などなく、ただ妹を案じてのことだったのだろう。それを話せば、十郎様ならば温情をかけて下さるはずだ」

「……そうかもしれないね」

「ああ」

「私も、今夜にでも父に話してみることにするわ。もしも、私とお腹の子が無事だったなら、名をつけておくれね」

「いや、だからな……」

「いいじゃないか。なっておくれよ、この子の名づけ親にさ」

「だから、なぜ俺なのだ」

「あの時、鵺がいなかったら、私は売られたか殺されたかしていた。鵺は、私とこの子の恩人なのよ」

「しかしな……」

「心配ないよ。父には鵺がつけたとは言わないから」

 そう言って、桔梗は幸せそうに腹を撫でた。それを見ると、鵺は何も言えなくなってしまったのだった。


 その日、鵺は柏原城付近に広がる雑木林の入り口にいた。

挿絵(By みてみん)

 辺りには、鮮やかな黄色い花が咲いている。それをいくつか摘むと、手にした()(脱穀などで、不要な小片を吹き飛ばすことを主目的とした、平坦なバスケット形状の農具)へと投げ入れた。

 その時、ふと目の端に黒い影が映り込む。長い尻尾をにょろにょろと振りながら、小さな手足で懸命に地を這っている。それを見て、鵺は思わず手を伸ばした。胴体を持ち上げるようにしてつかむ。手足をばたつかせるそれを見ながら少し考えていると、

「イモリなんか捕まえてどうするのさ」

 林の向こうから声が上がった。

「……かすみか」

 暗がりの中から姿を現した少女を見て言う。

「使いなよ」

 かすみが、麻布でできた巾着を()の上に置いた。

「悪いな」

 鵺は、()を地に置くと、巾着の口を開いて手にしたイモリを入れる。そして、固く巾着の口を縛った。

「物騒なものを持っているね」

 鵺が摘んでいた黄色い花を見て、かすみが言う。

「それは、 元日草(福寿草。朔日(ついたち)草ともいう。旧暦の元旦頃に開花する。春を告げる代表的な花)でしょう? 猛毒じゃないか」

「確かに毒性は強いが、使い方によってはこれも立派な薬になる」

「ふうん。なら、あのイモリも薬になるのかい」

「幻術に使えるはずなんだが、試したことはないな」

「そう」

「聞いた話では、イモリの黒焼きを粉にして混ぜるとよいと言う。イモリの血も使えるそうだな」

「誰で試すつもりかは知らないけれど、私は絶対に御免だね」

「そうだな。心身ともに丈夫な……草之助辺りが適任だろうな」

「本気かい?」

「まさか。里人で試すつもりはないさ」

 ふっとかすみが笑うと、鵺もつられて笑った。

「かすみこそ、こんな所で何をしているんだ?」

「ただの散策よ」

「……こんな雑木林の中をか?」

「ここから見る柏原城がね、好きなのよ」

「……」

「立派なお城よね」

「こんな暗がりで見るより、林を抜けた方がよく見えるのではないか」

「そうだね。でも、いいんだ。私は、ここから見る柏原城が好きなんだから」

 かすみは、以前からよくわからないことを口にすることがある。かすみの言動を訝しんだ鵺だが、深く追求することはなかった。

その後、鵺は雑木林でかすみと別れ、()に乗せた元日草と麻布の巾着袋を手に、なごり雪を眺めながら家路についた。

かすみに対する仄かな不信感に蓋をする鵺。

元日草とイモリを手に、雪解け道を行くのだった。


次回、再び里が騒がしくなります。

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