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はつと鵺 〜天正伊賀物語〜  作者: 高山 由宇
【第四部】 波乱の予感
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第一章 伊賀と甲賀

挿絵(By みてみん)


伊賀国と甲賀国。

隣り合ってはいるが、そのニ国はあらゆる面で明らかに異なっていた。

本章は、そんな伊賀と甲賀についてです。

挿絵(By みてみん)




 滝野の里から抜け忍を出したのは十日余り前のこと。その抜け忍が、ついに甲賀領で捕らえられたらしい。数日のうちに、伊賀上忍三家の一人である百地(ももち)丹波(たんば)を介し、抜け忍の身柄が滝野十郎吉政に引き渡されることとなっていた。

「抜け忍が捕まったんだね」

 抜け忍を捕らえることが(ぬえ)の任務だと聞いていたので、それを遂げることができてよかったという気持ちを込めてはつは言った。しかし、予想に反して、鵺はどこか気落ちしているふうである。そこで、思い出した。捕らえられた抜け忍を処刑するまでが鵺の任務だったのだと。

 ――そうだ。抜け忍が里に戻ったら、鵺はその人を斬らないといけないんだった……。

「その人、鵺とは親しかったの?」

「いや」

「そう……」

「……」

「伊賀と甲賀って、仲がいいんだね」

「仲がよいというわけではない。ただ、互いのために盟約を結んでいるだけだ」

「まあ、そうだよね。隣同士の伊賀と甲賀が仲違いしたところで、意味はないだろうしね」

 しかし、そうは言ったが、はつにとって伊賀と甲賀が盟約を結び助け合っているということはとても意外であった。

 幼少期に観ていたテレビや漫画による知識では、伊賀と甲賀は敵同士として描かれているものが多かったからだ。隣国同士だと争いになることも多いのかと思っていたのだが、時を超え戦国時代にやってきて、実はそうではないことをはつは知ったのだった。隣国だからこそ、戦国乱世を生き抜くために手を取り合う必要があったのだろう。


 ここで、伊賀と甲賀について説明しておく。

 伊賀忍は、現代でいうところの傭兵である。主を選ばず、金銭によってどんな者にも仕えた。時には、主同士が敵対関係にあったとしても、それぞれに忍びを遣わすこともあったという。つまり、伊賀忍同士が命のやりとりをすることもあったのだ。また、任務を遂げたのちはそれ以上の関わりを持たないという冷淡さが伊賀忍にはあった。

 一方の甲賀忍は、特定の主を持たない伊賀忍とは違い仕える家を持っていた。甲賀は、代々佐々木六角に仕えている。ここでの当主は、第十五代六角(ろっかく)義賢(よしたか)だ。だがその後、六角に力がなくなると、甲賀は織田、豊臣、徳川へと主を変えて生き延びるようになる。それから察するに、甲賀忍には時代を読む力があったのかもしれない。

 甲賀は六角に仕えていたが、伊賀にも仁木(にっき)義視(よしみ)という守護がいる。しかし、仁木は言わば傀儡(かいらい)君主であり、ただのお飾りだったのだ。ゆえに、仁木に伊賀を治める力などはないに等しかった。

 伊賀は、一応は共同体による組織運営を行っていた。しかし、その意思決定は、服部、百地、藤林による上忍三家の意向が最も大きく、それに次ぐものとしては伊賀十二人衆があった。滝野の里頭領である滝野十郎吉政もこの十二人衆の一人であるが、これに入らない者の意見はほぼ聞き入れられることはなかったのである。その一方で甲賀は、「(そう)」と呼ばれる共同体によって組織を動かしていた。そこに参加する者はみな平等であり、多数決により意思決定を行っていたのだ。現代で言うところの民主主義の姿がそこにはあったのである。

 忍術においても違いがある。

 甲賀は、薬に精通した忍びだった。日頃から、薬を売り歩くことを生業(なりわい)としながら諜報活動にあたっていたようだ。その名残りなのか、現在も甲賀のあった地には製薬会社が多く立ち並ぶ。それに対し伊賀は、催眠術や呪術などの怪しげな術を得意としていた。両手で印を結ぶ「九字護身法(臨兵闘者皆陣烈在前)」や「印明護身法」、それから「十字の秘術」などが有名なところである。また、伊賀忍は火薬の材料を入手し易く、火薬の調合に精通していたために火遁の術も得意としていた。

 そして、伊賀は抜け忍に殊更厳しかったと伝えられている。甲賀も抜け忍を容認していたわけではない。しかしながら、伊賀ほど厳しく取り締まったりはしなかった。

 それから、伊賀忍は、掟でだけでなく、その地形や生活環境の面で甲賀忍よりも厳しい状況に置かれていた。それ故に、一人一人の力は甲賀忍よりも優れていたとされる。伊賀は、総勢六万人程度の国であったが、女も子供も含めて精鋭ぞろいの組織であったのだ。


 数日前、鵺と桔梗が捕えた甲賀の抜け忍二人を引き連れ、わずかな供を連れた頭領が里を出て行った。それが、この日帰ってきたのである。

 百地丹波から引き渡された、滝野の抜け忍を引き連れて……。

 二人の里人に脇を固められながら引き立てられて行く者を見て、はつは言葉を失った。その者は、はつが想像していたよりもずっと若かったのだ。青年とすら呼べないような年齢に見えた。おそらくは、かすみと同じぐらいなのではないだろうか。

 あどけなさの残る顔を俯けたまま、少年は引き立てられて行ったのだった。

「鵺、あの人が抜け忍なの?」

 そうに違いないとはわかっているつもりではあったが、どうにも信じられずに傍らの鵺に尋ねた。

「……ああ」

 鵺は、短くそう答える。

「鵺は……」

 言いかけてやめた。

 ――鵺は、あの人を殺すの……?

 そう尋ねたところで、一体何になるというのか。はつ以上に、鵺の方がそれを重く感じているに違いないのだ。


 もうじき日が暮れようとしている。抜け忍は、少し前にはつが捕えられていたものと同じ岩牢に置かれることとなった。そして、処刑は翌日の昼過ぎに行われることと決まったのである。

滝野の里の抜け忍が捕らえられた。

それは、まだあどけなさの残る少年であった。


次回、草之助の新たな一面が垣間見れます。

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