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はつと鵺 〜天正伊賀物語〜  作者: 高山 由宇
【第三部】 鵺
18/48

第五章 鵺と浅葱     ※写真付

挿絵(By みてみん)


「はつが里を抜けようとしているのではないか」

弥助に言われて、里境を目指した鵺だったのだが……。

挿絵(By みてみん)




 弥助の言葉の意味を、(ぬえ)は里の境に着いてすぐに知った。

 弥助は、里の入り口ではつを見かけたと言ったが、そこにはつの姿などなかった。いたのは、こちらに気づくなり鋭い視線を投げかけてくる、浅葱のみである。

 してやられたと思った鵺だったが、ここで背を向けるのはあまりにも不自然だ。鵺は胸中を隠し、浅葱に尋ねる。

「はつを見なかったか」

「知らないね」

 ぶっきらぼうに浅葱が言い放った。

「弥助がここではつを見かけたと言っていたのだがな」

「弥助が? いや、見てないよ。それよりも、お前はまたはつから目を離したのかい。目付失格だね」

「……」

「とにかく、ここにはつはいない。他をあたるんだね」

「お前は、ここで何をしているんだ」

「そんなこと、お前には関わりないだろう」

「……任務が下ったのか?」

「ああ。わかったなら、とっととどこかに行きな」

「ならば、弥助を待っているのか」

「そうだよ。だから、お前には関わりがないと言っているだろっ」

「弥助なら、おそらくこないぞ」

 浅葱が、怪訝そうに鵺を見据える。

「俺をここに寄越したのは弥助だからな」

「……なるほどね。そういうことかい」

 浅葱はすべてを聞くまでもなく、事情が呑み込めたようだった。

「弥助がこないなら、それでもいいさ」

「まさか、一人で行くと言うのか」

 それに答えることなく、浅葱は里を出て行く。鵺は、わずかに逡巡したのち、あとを追って里を出たのだった。


「なぜお前がくるんだい」

 木々の合間を跳ねながら、すぐ後ろをついてくる鵺を、浅葱が横目で睨みつけた。

挿絵(By みてみん)

「頭領の許しもなく里を出るなんて、抜け忍と思われても仕方がないよ。なんなら、あたしが今ここで始末してやろうか」

「頭領が抜け忍と見做したならば始末されるのは仕方がない。だが、俺はまだ抜けてはいない。同じ里の者を傷つけたとあっては、罰せられるのはお前の方だ」

「なら、里に戻ったら真っ先に、お前が里を抜けたことを問題にしてやるよ」

「やってみるがいい」

「なんだい、余裕振りやがって」

「言っただろう。俺をお前のもとに寄越したのは弥助だ。弥助ならば、その辺のこともうまくやっていると思ってな。それに、頭領はお前と弥助に行けと言ったのだろう。一人で任務にあたるのもまた掟破りだぞ」

「……勝手にしなっ」

 鵺は、浅葱の数歩あとを駆けていた。里を出てから四半刻(しはんとき)足らず、早くも呼気を乱し始めた浅葱を横目に、鵺は浅葱から徐々に距離を取る。

「浅葱、少し抑えたらどうだ。その速さではあとがもたない」

「ふん、もうへばったのかい? 情けないね」

 言うと、浅葱はさらに速さを増していった。

「おい、浅葱っ」

 仕方なしに、鵺はそのあとを追う。

「へばったなら、お前は先に里へ帰ってな。任務はあたし一人でやり遂げてやるよ」

 木の枝に飛び移りながら言い放つ浅葱に、

「あ、その枝は……っ」

 鵺が叫ぶ。それと同時に、充分に太く見えた枝が根元から折れた。重力に抗いようもなく落ちていく浅葱を、鵺は間一髪のところで抱き止める。その刹那、

「触るなっ」

 袂から苦無を抜くや否や、浅葱が鵺に斬りかかった。鵺は、これまた間一髪のところでかわし、抱えた浅葱を前方に放り投げるとその反動で後方へと飛び退いた。斬られた前髪が、緊迫する二人の間に流れる。

「お前は、今の状況がわかっているのか」

 努めて冷静に尋ねる鵺に、浅葱は荒い呼吸を繰り返しながら答えた。

「今の状況だって? あたしに苦無を向けられたことかい。私闘は掟破りだからね」

「そんなことはどうでもいい。俺は、そんなことを里の連中に言うつもりはない」

「じゃあ、なんだって言うんだい」

「今のお前は、明らかに冷静さを欠いている。冷静であれば、あの枝に亀裂があったことに気づけたはずだ」

「そんなもの、少し見落としただけさ」

「息も上がっているようだな」

「何言ってるんだい。あたしはなんともないよ」

「この先、どこに敵が潜んでいるかわからないんだ。冷静にならなければ危険だ」

「誰のせいだいっ」

 叫んだあと、浅葱は喉を押さえて(うずくま)った。懐から水筒を取り出し、一口含む。すると、少しばかり落ち着きを取り戻したようだった。

「浅葱、お前の任務を教えろ」

「関わりのない者に教えるわけがないだろう」

「なら、いい」

 そっぽを向く浅葱に、鵺は溜め息を()く。

「まあ、察しはつく。甲賀からの者……大方、抜け忍でも追っているのだろう。ここをまっすぐに進めば甲賀領だからな」

「わかったなら里に戻りな。これはあたしの任務だよ」

「お前と弥助のだろう。俺は、弥助に託されたのだ」

「弥助が何と言おうと、お前には関わりのないことさ」

「相手は何人だ」

 浅葱が、俄かに口を噤んだ。

「その様子だと、一人ではないのだろう」

「だから何だってんだい。そんなこと、お前には関わりが……」

「ないわけがない。俺たちは、ともに滝野の里衆だ」

「なら、どうして……っ」

 浅葱の突然の大声に、鵺は思わず一歩下がった。

「どうして、左ノ兄を見殺しにしたんだいっ」

「……」

「ともに滝野の里衆で、味方が危険な目に遭うのを見過ごせないと言うなら、なんで左ノ兄の時にはそうしなかったんだいっ」

「……だからこそだ。俺はもう……二度と、あんな思いはしたくない」

「なんだよ、それ。勝手なことを言いやがって。大体お前は……っ」

「浅葱……っ」

 ふと、二人は一斉にすべての動きを停止する。浅葱も、それまでの激しさが嘘のように、急速に心が冷やされていくように冷静さを取り戻していた。

「わかるか?」

 鵺が尋ねる。浅葱は声もなく頷いた。

「一人ではないな」

「ああ、甲賀の抜け忍は二人だからね」

「二人か。別行動であればありがたいのだがな」

「けれど、この気配……二人で行動している可能性もあるね」

「そうだな」

 少しばかり思案したあと、鵺はひとつの案を示す。

「二手に分かれよう。俺たちが気配に気づいたのと同じように、向こうも気づいているかもしれない。分かれて、奴らの意識を拡散するんだ。俺は左を行く。浅葱は右に向かってくれ。抜け忍に会うことなく甲賀領の手前まで辿り着いた時、そして抜け忍を見つけた時、それぞれに犬笛で合図するんだ」

 鵺を毛嫌いする浅葱が、この作戦に乗るとは思えなかった。だが意外にも、

「わかったよ」

 浅葱は、あっさりと承諾したのだ。それを見て、密かに胸を撫で下ろした鵺が続ける。

「抜け忍を見つけられなかった時には一度、見つけた時には二度、犬笛を吹くことを合図としよう」

「ああ、それでいい」

「犬笛は持っているな?」

「ああ」

「では、行くか」

「鵺」

 呼び止められて振り向くと、まっすぐにこちらを見据える浅葱の目とかち合った。

「抜け忍を捕えたら、(まこと)のことを話してくれ」

「……」

「左ノ兄のこと……お前は、左ノ兄を見捨てたのか? お前も知っているだろうが、その話を里に流したのはあたしだ。お前にとってよくない噂を流せば、汚名を(そそ)ぐためにも何らかの言い訳をしてくるだろうと思った。その言い訳が、左ノ兄の死の真相に繋がるかもしれないと思ったんだ。けれど、お前は何の言い訳もしなかった」

「浅葱……」

「鵺、あたしはただ、真のことが知りたいだけだったんだ」

「わかった。抜け忍を捕え、里に帰ったら……話す」

 そして、伝えるならば今だと鵺は思った。

「それとな、お前に伝えておきたいことがある」

「何だい」

「はつに小袖をくれただろう。菊乃やかすみからも貰ったようだが、お前からもらった小袖を最も気に入っているようだ。……あれは、よい小袖だな」

「安物だよ」

「そうかもしれない。だが……間違いなく、上物だ」

「……そうかい」

「浅葱。……感謝する」

「別に、お前にあげたわけじゃないんだ。礼なんか要らないよ。けれど、礼を言うつもりがあるのなら、左ノ兄のことを忘れるんじゃないよ。里に帰ったら、五年前のことを包み隠さずに話すんだ」

「……ああ」

「必ずだよ」

 そうして、鵺と浅葱は分かれ、それぞれの道を駆けて行った。互いの胸に去来するのは五年前の事件。そして、その中心にいるのは、今は亡き浅葱の兄左ノ助である。

 鵺は、両手でばしっと己の頬を張った。今は、左ノ助のことを考えている時ではない。伊賀領に入った以上、甲賀の抜け忍を早く捕えねば、伊賀忍にも危険が及ぶかもしれない。それに、滝野の抜け忍は甲賀に渡ったという噂を聞いた。甲賀とは盟約をかわしているので、伊賀の抜け忍を引き渡してくれるだろう。だが、手ぶらでそれを受け取るだけというのはどうもバツが悪い。こちらも、なんとか手土産を用意したいものだ。

「甲賀の抜け忍、必ず捕らえるぞ……」

 己に言い聞かせるように呟くと、先刻感じた気配を追って行ったのだった。

浅葱にようやく礼を伝えることができた鵺。

だが、今はまだ任務の最中だ。

浅葱との約束を果たすためにも、甲賀の抜け忍を捕らえて里に帰還しなくてはならない。


次回、甲賀忍を追う鵺が、その先で思いもよらない光景を目にします。

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