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タプリから降りると一人の中年女が露骨に迷惑そうな顔で声をかけてきた。
「ちょっとお、こんなところに停めたら迷惑よお」
「やかましい! お前らのほうがよっぽど迷惑をかけとろうが!」
女を大声で一喝すると周囲が鎮まり視線が集中するが、豊は一顧だにしない。正義は自分にある。こんな買い物客にどう思われようが構わない。
大またで店内に入り牛乳売り場へ向かう。ちょうど四十代の店員が相変わらず緩慢な動きで品出しをしていた。豊は鼻息荒く店員に後ろから声をかける。
「おい。これはなんぞ」
豊の声に店員は振り返ったが、
「あ、いらっしゃいませーえ」
豊が手にした紙パックに気付く風もなく店員が笑顔を振りまくので豊はまた怒鳴りたくなったが、落ち着けと自分に言い聞かせる。ここで下手を打てばこちらにも非があることにされてしまう。時代劇よろしく紙パックを突きつければ店員は血相を変えて土下座するものとばかり思っていたので少々調子が狂ったが、怒りを抑えて店員に説明する。
「これはお前とこで売ったもんじゃろうが。お前の店はこういうものを売りよるんか」
「はあ、この商品ならウチにも置いておりますよ」
店員は要領を得ない顔で見当違いなことを言っている。まだ分からんのかと怒りがこみ上げてくる。
「じゃあ、これはなんぞ」
ここぞとばかりに紙パックの底を店員に突きつける。これでこの店員も血相を変えるだろうと心中でほくそ笑む。
「はあ、賞味期限が昨日までですね」
店員の全く変わらない態度に豊は一瞬、思考が停止する。まだ分からないのか。それとも、分かっていてしらとぼけているのか。豊の堪忍袋の緒が切れた。
「賞味期限が昨日までじゃないわい! 今さっき、俺はこれを飲んだんぞよ! 今朝、ここで買うたんぞよ! お前のとこは賞味期限が切れたもんを売っとるんか!」
堪えきれず声を荒げた。店内の客の視線が集中するが、正義はこちらにある。気にする必要などない。が、店員の態度はまだ変わらなかった。
「はあ。では、レシートはございますでしょうか」
「レシート?」
「ええ、この商品をお買い上げになったとき、貰ったでしょ? レシート。一応、それがウチでお買い上げになられたものか、確認することになっておりますので」
「そがいなもんをいちいち置いとるかや! もう捨てたわい! とにかく、これは間違いなく、俺が今朝、ここで買うたんじゃ! 今さっき、俺はこれを飲んだんじゃ! それじゃのに、お前のさっきからのその態度はなんぞ!」
豊は手を振り上げ、体を動かして喚き散らした。明らかに非は向こうにある。なのにこちらを疑っているような言い方にもう我慢ならなかった。
「分かりました。では少々、少々お待ち下さい」