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「河村さーん。お客さんですよー」
憩いの家に勤める女性職員に呼ばれた。アケさんに捕まり、本棚の片付けの作業が滞っていた。豊はアケさんに挨拶をし、玄関に向かった。
そこには二人の男が立っていた。一人は帽子にトレンチコートの年配。もう一人は三十半ばのスーツの男。そのままドラマにでも出てきそうな、典型的なコンビだった。敷地の入り口には黒塗りの車まで停められている。豊はくるべきものがきたか、と、どこか冷めていた。
「河村……豊さんですな。私、見名戸署の白岩というものです」
コートの年配はそう名乗って警察手帳を出した。そんなもの見せられなくても、見た目の雰囲気で一目瞭然だった。
「いきなり押しかけて大変失礼とは存じますが、河村さんはこの女をご存知ですね?」
すると後ろの若い男が手帳から一枚の写真を出した。見るまでもない。そこに写っていたのは魚沼だった。目つきが悪く、ふてぶてしい顔をしている。豊はなぜこんな女に夢中になり、殺人にまで手を染めたのか、自分でも不思議でしょうがない。
「はい。よく知っております」
「そうですか。話が早くて助かります。河村さん、三年ほど前にこの女と頻繁に連絡を取っておられましたね。いや、そう怖がられずとも結構ですよ。あくまで、形式的なものですので」
年配がそう話している間に若い方が写真を内ポケットにしまう。
「ええ。確かに一時期、何度も電話でやりとりしました」
「ほう。差し支えなければ詳しい話をお聞かせ願えませんかね。ここではなんですので、今から署の方にご足労願うことになりますが、ご協力いただけますか? あ、任意ですので、断ることもできますよ」
「いえ、伺います。ただ、いま人を待たせていて、職員さんにも報告しておかなければならないので、少し待ってもらえませんか?」
豊がそう言うと若い方がおもむろに施設の裏手に回った。
「どうぞどうぞ。我々はいつまでも待ちます」
豊は二人を待たせ、言ったとおりアケさんや知り合いに別れを告げ、職員に帰宅する旨を伝えた。
「そうですか。ではまた、明日お会いしましょう。あ、そうそう。高江さんが河村さんにシチューパイを作ってあげるから、お弁当はいらないと伝えてくれって言ってました」
「ああ、残念。すまんが、私は当分ここには来れそうにないんじゃ。河村が残念無念と言っていたと伝えて下さい」
「え? どこか、ご旅行にでも?」
「まあ、そんなところです。いえ、正確には娘の世話になるんです。別れが辛くなるので、みんなには内緒にしてたんですが。急な話で申し訳ない」
「ええ? それは寂しいですね。事前に言っていただければお別れ会でも催せたのに」
「いや、そこまでしてもらうほどのもんでもありません。それに、向こうにも憩いの家はあるでしょうし、卒業するわけでもないですから」
職員は名残惜しそうに豊を見送った。
外に出ると豊は黒塗りの覆面パトカーに乗せられ、静かに車は発進した。
豊は後部座席の窓から、遠ざかる憩いの家をいつまでも見送った。昼下がりの並木の緑が目にまぶしい。どこからか、ひぐらしの鳴き声が聞こえた。
~了~




