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 出所してから一年ほど経ち、豊もさすがに魚沼との再会は諦めたが、それなりに幸せな日々を送っていた。

 というのも、豊の住む公営住宅のすぐ近くに公営福祉施設、「憩いの家」なるものができたからだ。

 そこは廃園になった保育園を改装し、高齢者が自由に集える施設にしたもので、高齢者に住みやすい街づくりを掲げる、新しく就任した市長の肝いりによるものらしい。

 朝の七時から夜の八時まで、利用する高齢者は百円を支払えば一日中使える。何人かの職員はいるが、戸締り、掃除、管理などは利用する高齢者が極力、自主的に行う。電気、水道、エアコンの完備はもとより、テレビ、本、囲碁、将棋、麻雀などの遊戯道具も揃え、自由に使える。そうすることで独居老人の孤独死や病気を未然に防ぎ、貧困の防止にもなる。これによって運営費はかかっても、市の医療費の削減に繋げられるという。

 最初は半信半疑だった地元民達も、利用するのにさほど時間はかからなかった。独居老人はもとより、家族に負担をかけたくない高齢者も集い、こうなると友達がいるという理由で夫婦で利用する高齢者も現れ始めた。

 食材さえ持ち込めば自分で料理することもできるので、農家の高齢者が余った野菜を大量に持ってきて、食費が浮くという効果も生んだ。

 すると今度は経済的な理由から施設に子供を預けられない親が幼児の面倒を父親、母親に任せる形で預けるようになりはじめた。高齢者の集団に幼児が放り込まれたので皆、可愛くて仕方がない。愛情をたっぷりと注がれ、自然と綺麗な言葉や行儀が身に付き、下手な施設よりよっぽどいいと評判になり、やがて憩いの家は高齢者だけでなく、子供たちまで集い、遊びや勉強などが行われる、活気ある施設になっていった。そうなると収容できる人数にもおのずと限界がきて、市内各所の廃校、廃幼稚園が整備され、第二、第三の憩いの家ができはじめ、思わぬ経済効果も生んだ。

 その好評ぶりはマスコミを呼び寄せるほどになり、若き市長、一色たかしはたちまち全国区の顔になり、憩いの家は日本中に広がる流れとなった。

 豊も最初はテレビが見られるという理由で憩いの家を利用した。が、豊はここではまだまだ若手だった。園内の草引きや片付けなどを頼まれる羽目になった。はじめは面倒だったが、頼まれるうち、豊は次第にやりがいを感じられるようになった。なにより、ここでは豊の前科を気にする者がいない。労働をすれば食事にありつけるのも魅力だった。

 憩いの家での交流は、豊に魚沼への執着を薄めさせた。が、ここで豊は魚沼の消息を思わぬ形で知ることになる。

 それは春の嵐の吹く頃だった。豊があの事故を起して、もう二年の歳月が流れていた。こんな日はさすがにみんな建物の中で暇を持て余す。子供と将棋を指す者もいれば、お菓子作りに精を出す者もいる。読書をする者もいるが、老眼が進んできた豊は専らテレビだった。いつもは昼のドラマなのだが、この日は遠慮してか、昼のワイドショーを見せてもらえた。すると、あるニュースが豊の意識を捉えた。

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