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底に書かれている賞味期限を何度も確認する。次いで携帯を取り出し今日の日付を確認。携帯のカレンダーが間違っていなければ賞味期限は昨日まで。つまり、半額とはいえ、賞味期限切れのゴミに金を払ったことになる。自分の正当性を確固たるものにすべく、豊は新聞売り場においてある新聞の日付も確認。間違いない。間違っているのは賞味期限切れの品を賞品棚に並べたあの店のほうだ。豊は怒りで小刻みに震えだした。
あのスーパーは何人もの従業員に給料を払っておきながら、賞味期限切れの商品に気付かなかったというのか。そんな言い訳では済まされない。客である自分にゴミを売りつけて、してやったりと手を叩いている従業員の姿が目に浮かぶ。レジの女子店員も商品を通す際、賞味期限のチェックをするのが常識だろう。自分はこれまで真面目に、できるだけ社会に迷惑をかけないよう生きてきた。生まれてこのかた、宝くじにも懸賞にも当たったためしがない。いいことなどはなにもなく、嫌な思いには事欠かない。それでも社会の調和を保つため、いつも自分ひとりが我慢をしている。それなのに、なぜ。なぜ自分ばかりがかくも貧乏くじを引かされるのか。老いてまでこんなひどい仕打ちを受けるのか。ゴミを買わされ、食い物にされなければならないのか。なぜ、なぜ、なぜ。
もう豊の怒りは止まるところを知らない。これ見よがしに勢いよくコンビニのドアを開け、不機嫌を隠そうともせず駐車場に停めてあったタプリに乗り込む。
全力でドアを閉め、エンジンをかけるべくキーを鍵穴に差し込もうとするが、怒りで手が震えてうまく差さらない。
「ええいっ」
豊がハンドルを叩く。強く叩きすぎたため、手の甲に激痛が走る。なぜ自分がこんな痛い思いをしなければならないのか。すべてはあのスーパーの職務怠慢のせいだ。改めてキーを強引にねじ込み、エンジン始動。コンビニの駐車場を一時停止もせず県道に出る。幸いにも車は通りがかっていなかった。
豊は一刻も早くスーパーに辿り着くべくアクセルを吹かす。ハンドルとミッションボックスを操作する左手には空の紙パック。動かぬ証拠を突きつけて、スーパーの店員全員に土下座させなければ気が済まない。握り締めたパックは潰れ、残ったカフェオレが手を濡らしているが、そんなことを気にしている場合ではない。
折悪しく前の車がトロトロ走って一向に進まない。見れば前を走る軽は高齢者ドライバーであることを示すステッカーが貼られている。豊の頭にますます血が昇る。
思い切りクラクションを何度も鳴らす。車間距離を詰めて煽る。すると前の軽はウインカーを出し、左に寄って進路を譲った。が、その動きがまたトロくさいため、豊の怒りはさらにヒートアップ。
「馬鹿助が! いい歳した年寄りが走るな! 天下の公道ぞ!」
追い抜きざま、軽に向かって罵声を浴びせる。もっとも、車の中では聞こえようがないのは分かっているが。
スーパーに近付くにしたがい交通量も増え、豊のイライラは募る。信号の度に停車させられる。昼の日中に車に乗って遊んでいる連中がなんと多いことか。正義のために、一文にもならない行動を起す自分が、なぜにそんな連中にペースを会わせなければならないのか。どうにかスーパーに到着するも、昼前なので駐車場は満車状態。豊は構わずタプリを駐車場にねじ込む。途中、進路を邪魔するカゴ車を押す中年女たちをクラクションで蹴散らし、店の入り口の前にタプリを停める。自分はただの客ではないのだ。店側の決めたルールに従う必要はない。