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因果応報。
豊はそんな言葉を思い出した。少年の頃、学校で修身の時間にその言葉を習っただろうか。最近では坊主が説法の時に言っていた。いかにも仏様の教えらしい、ありがた迷惑な四字だと思っていたが、このときほど身につまされたことはなかった。
やがて辛く長い夏の暑さも和らいだ頃、豊の服役生活も終わりを迎えた。部屋の荷物を片付け、職員への挨拶も済ませ、刑務所の玄関に立つと、安堵よりも、どっと疲れが出た。
無事に刑期を終えたという喜びなど、微塵も感じなかった。
玄関からは刑務所の門が見える。後はあそこを潜って外の世界に戻るだけだ。だが、豊は不思議と出たいという気持ちになれなかった。こんな場所からは一刻も早くおさらばしたいのに、自分はあの門を潜ってはいけないのでは、そんな感覚に囚われた。
だが、豊は門を潜って外に出た。それ以外、やることがない。昔見た仁侠映画ではここで組の若い衆とか、幹部とかが迎えに来て物語が始まる。逆にラストシーンの場合は敵対組織の凶弾に倒れる。もしくは昔の恋人が待っていて、ハッピーエンドで終わる。だが、豊を待っている者などいなかった。独居老人なのだから当たり前だ。魚沼がここで待っていてくれれば、とも思ったが、連絡を一切断っているのだから、魚沼は豊が出所したことさえ知らないはずなのだ。頭では分かっているが、豊はせつなかった。一刻も早く魚沼の顔が見たかった。
バスを乗り継ぎ、豊は真っ先に魚沼のアパートへ向かった。わずか半年足らずの時間だったが、バスの窓から見える光景に懐かしさがこみ上げる。やがて魚沼の住む公営住宅も見えてきた。
かつて通った駐車場を横切り、階段を登る。豊はずっと考え続けていた。果たして自分の訪問を、魚沼は喜んでくれるだろうか。笑顔で飛びついてきてくれるだろうか。もちろん、そうなれば幸せだが豊は到底、そうはならないような気がしていた。逆に汚いものでも見るような目で、迷惑です、帰ってくださいと拒絶される方がはるかに現実味があった。だがそれでもいいと思った。もしそうなったら魚沼の首を絞め、自分も死のうと思っていた。
豊は階段も登りきり、ついに魚沼の部屋のドアが見えてきた。服役老人、出所当日に女性を殺害後、自殺。無理心中か? そんな三面記事が頭に浮かび、苦笑した。
だが、豊はドアの前で呆然と立ち尽くした。表札の札はなく、誰も住んでいなかった。
どこかで、ひぐらしの鳴き声だけが聞こえてきた。




