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魚沼との営みの最中、歓喜の表情だった魚沼の顔が徐々に増井少年の顔になり、豊が体をはがすと少年の顔は醜い笑みを浮かべ、その顔はみるみる血まみれになった。そんな夢を、豊は何度も見るようになった。忘れたくても、計画を確実にするために頭に焼き付けた増井少年の顔を忘れることはできなかった。たまに夢を見ないときは意味もなく夜中に目が覚め、そのまま朝までずっと眠れないときもあった。狭い独房の中、常に誰かの視線を感じ、心が休まるときはなかった。
高を括っていた服役生活もふた月も過ぎた頃には豊はすっかりやつれ、鏡を見れば十は老け込んで見えた。
罪を犯した人間は、死ねばずっとこんな思いをし続ければならないのだろうか。坊主の説法や経を唱えるうち、いつの間にか信心深くなってしまった。だが、それは神に近付く信心ではなく、畏怖し、許しを請うための信心だった。豊は死後の世界を意識するようになった。死んだあと、永遠にこんな時間が続くのでは残りの人生、魚沼とのひと時ではまるで割に合わない。豊は自分の犯した罪に心を蝕まれていった。
豊は服役中の模範的な態度が評価され、幸せにも五ヶ月での出所が認められた。その報告を聞いた時は小躍りしたくなるほど喜んだが、時間が経つとそれがどうしたという気になっていった。どうせ出所しても残りの人生など何年もない。魚沼との甘い生活も、はじめこそ恋焦がれたが、罪人の自分が幸せになれるとは到底思えなくなっていた。服役生活ですっかり心も荒み、最近では魚沼も自分など待っておらず、どこかの男とよろしくやっているのではと疑うようになった。いや、現実的に考えれば、そっちの方がはるかにありそうな話だ。豊に呼び出しがあったのはそんな頃だった。
電話があるので面会室に来いという。豊はもしやと思った。魚沼が連絡をよこしてきたのだろうか。豊は感激のあまり涙が出そうになったが、出所するまで決して連絡や、自分に関わるような行動はとるなと言っておいた。魚沼が連絡してくることなどありえない。しかし、では他に誰がいるのかと考えても思い当たる相手がいない。やはり魚沼が孤独に耐えかね、危険を承知で連絡してきたに違いない。豊は面会室に入ると、逸る心を抑えて受話器を取った。
「はい。河村です」
「あ、おとん?」
電話の主が娘の彩子と知って、激しく落胆した。そういえば事故を起すから免許は返納しろと電話をよこしていたのを思い出した。だからあれほど言ったのに、私の言うことを聞かなかったから、私の言うことさえ聞いていれば、等々の恨み節がすでに豊の脳内を駆け巡る。すでにうんざりした豊はどうやってやり過ごそうか、そればかり考えた。が、彩子は一向に喋ろうとしない。電話の向こうで妙な呼吸音だけが聞こえる。豊はまた別の、嫌な予感がした。
「おい、なんじゃ。どうしたというんじゃ」
「おとん……鞠がの。鞠がの」
豊は受話器を握り締めたまま凍りついた。
鞠は先日、登校途中に車が突っ込んできて、一諸にいた児童二人と共に命を落としたという。ドライバーは高齢者で、アクセルとブレーキを間違えたらしい。梅雨の、まばらな雨が降る日だったという。




