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白昼夢から突然覚め、豊は現実世界に引き戻された。すべてはスローモーションに見えた。
目の前に迫るコンクリの壁。ひしゃげるボンネット。傾く車体。割れるフロントガラス。飴細工のように壊れてゆく傘。車の下に沈みゆくランドセル。子供達の手。金属がこすれる音。落ちてくる雨の粒さえ、はっきりと見えた。
豊は非常に鮮明な意識で、その状況ををはっきりと、冷静に認識していた。
だが、その後のことはよく覚えていない。煙。悲鳴。サイレン。雨音。シートベルトはしていたが、今まで経験したことのない衝撃に打ちつけられ、動くのもままならないほど全身が痛む。
それから数分、思ったより早く救急車のサイレンが近付き、救急隊員に車から引きずり出され、担架に載せられた。その際、アスファルトに流れる赤い液体が見えた。豊は嫌なものを見てしまったと、思わず目を閉じた。
担架に寝かせられ、意識ははっきりしていたが、救急隊員に質問されても、ああ、ああ、と、応え、意識が朦朧としている風を装った。その間、三人の小学生がシートに包まれ、救急車に乗せられ、搬送されていったのも確認。その後豊には目立った外傷もなく、命に別状がないことが分かるとすぐにパトカーに乗せられ、警察官から取調べを受けた。ここでも豊は事前にイメージトレーニングしたとおり、気が動転したフリをして、アクセルとブレーキを間違えた。と、連呼して警察官を煙に巻いた。
その後警察署に連行された豊が増井少年の死亡の報せを受け取るのに、さほど時間はかからなかった。豊は仕事を成し遂げた。達成感と悲願の成就に、豊は心の中で拳を握り締めた。




