75
あの晩、魚沼の部屋を出て、帰りの道すがら豊はどうするべきか考えた。引き受けるか否かではない。豊の腹はほぼ決まっていた。これからの人生、無為に過ごすなど耐えられない。魚沼と一緒にいられた方がいいに決まっている。魚沼は自身の本性をさらけ出してまで、豊を頼ってくれた。そして期待に応えた暁には、魚沼は豊に一生ついてきてくれるという。豊に断る選択肢はなかった。魚沼から預かったこの金はそっくり返そう。二人の生活のための支度金にすればいい。
だが、考えねばならないのはどうやって魚沼の望みを叶えるかだ。事故に見せかける。魚沼は簡単に言ったが、やるとなればかなりハードルが高いのではないか。練習なしの一発勝負。仕留め損ねればやり直しはきかない。成功したとしても、あくまでも事故に見せかける必要がある。かなり入念な準備が必要なことは豊にも分かった。
翌日から早速、豊は行動を開始。魚沼から受け取った写真を覚えこむ。次いで増井の自宅を魚沼から聞きだそうとしたが、魚沼も知らないという。不倫相手だから無理もなかった。そこで豊は入学シーズンの到来を待ち、増井の息子が通うはずの通学路で張り込むこと数日。難なく目的の子供は見つかった。だが、さすがに自宅までは割り出せなかった。不慣れな場所で深入りし、不審者としてマークされるのを恐れたからだ。迂闊に増井の自宅前をうろついて増井と鉢合わせする危険も避けたかった。どこで足がつくか分かったものではない。小学校の場所は分かっているのだから、そのルートで仕掛けのポイントを見つければいい。そしてそのポイントも程なく見つかった。
そして豊は周到に計画を練った。いざ実行すれば人違いだった、では済まされない。何度も魚沼から受け取った写真と、その本人と思しい子供を比較する。遠目ではっきりせず、写真の姿より若干成長していたがそう大きく変わるものでもない。間違いなく写真の子供であり、手提げ袋に増井と名札が張られているのも確認した。もう疑いようはない。すべての条件が整うのにひと月近くかかった。こんな慎重居士の自分を、魚沼は頼りないと思うのではあるまいか。そんな焦りもあったが、失敗しては元も子もない。豊は確実にことを成すために、細心の注意を払ったのだ。すべては魚沼の望みを叶え、魚沼を手に入れるためだった。
そして不思議なことに、準備が着々と進み、計画に現実味が出てくるたび、豊は小さな高揚を覚えた。魚沼との生活を手に入れることができるのだから当然とは思うが、なにかが違う。計画し、準備し、目標に向かって努力する行為は、面倒な作業ではあったが、生きているという充足があった。
目的はろくでもないものだったが、豊は生きがいを感じていた。魚沼と結ばれる。望んでもどうせ叶わないと、どこか冷めていたが、その願いが叶うという希望もモチベーションになった。
豊はこの殺人計画に、生きがいを見出したのだった。




