74
雨の滴がフロントガラスを濡らす。ワイパーをかけ視界を確保。隅に何枚かの桜の花びらが張り付いているが気にするほどではない。しばらく走ると黄色い傘が見えた。幸い、前方を遮る車はない。子供達はカーブの手前を歩いている。ハンドルを細かく操作しつつ、距離を合わせるべくスピードを微調整する。必殺のポイントまで、あと少し。
自分の目が据わっていくのが豊自身でも分かる。今、自分はたいそう殺気立った顔をしているのだろうなと思う。が、ルームミラーは借りたときの状態のまま。女が乗っていたらしく、豊の襟元を映している。自分の表情は確認できない。もとより、そんなリスクを犯す必要もない。もう、前方から一切、目を逸らせないところまできていた。三つの傘がカーブに差し掛かる。そこに一点だけ、歩道と車道を隔てる縁石が途切れたポイントがある。そしてそこには一体の地蔵が置かれていた。数十年前にそこで事故があり、落命した子供がいるらしかった。それを知った豊はこの場所が、絶好のポイントだと知ったのだった。狙いが決まればあとは簡単。車の進入経路。歩道。縁石の切れ目。そして地蔵。それらはほぼ一直線に並ぶ。そこにターゲットが重なったとき、カーブのコンクリ壁に設置されている地蔵目掛けてアクセルを踏み込めばいい。歩行者は気持ち左側車線に背を向ける格好になるから、気付かれても早々逃げ切れない。車と壁に挟まれ、確実に仕留めることができる。すべての条件が完璧に整っていた。
そして、ついに子供達が最終ラインに到達。あとはタイミングを合わせて突っ込むのみ。ここにきても、豊の思考ははっきりしている。ハンドルを握る手も震えない。この上なく冷静だった。すべて完璧だった。豊はなにかを振り払うようにアクセルを踏み込む。最初は減速のためのブレーキを踏むように。
小さく加速。
そして今度は急ブレーキの踏力で。思いのほか加速が鋭く、若干タイミングがずれたがそこは想定の範囲内。アクセルワークで誤差を修正。そのまま乗ったスピードを維持しつつ、ハンドルを小刻みに調整。狙いを定めて標的目掛けて突っ込んだ。すべて完璧だった。
黄色い傘を巻き込んで、地蔵に向かって激突した。豊には確実に獲物を仕留めた、確かな手応えがあった。その刹那、すべてがスローモーションで、時間の経過と物理法則が、豊には見えた気がした。そして目の前が、ガラスが割れるように砕け散り、豊の記憶の断片が脳裏に蘇った。




