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「淀水ちゃんの言いたいことは大体分かった。俺にそこまで打ち明けるのはさぞかし辛かったじゃろう。しかしの、もし俺が引き受けなんだらどうするんじゃ? 淀水ちゃんはあの増井とやらを許す気はないんじゃろ?」
「それは……」
豊は魚沼の手を握り返した。
「いや、つまらんことを聞いた。みなまで言わんでええ。どうせ俺が逃げたら、淀水ちゃんがやるしかなくなるからの。遅かれ早かれ、淀水ちゃんはそれをする気なんじゃろう?」
魚沼は俯いたまま、力なく頷いた。
「もうひとつ、聞かせてくれ。淀水ちゃんが俺に弟子にしてくれ、言うたのは、最初からこれが目的じゃったんか? これのために、俺に近付いたんじゃろうか」
魚沼はしばらく無言だった。そして長い逡巡の後、
「……分かりません」
今度は首を振り、悲しい声ですすり泣き始めた。
狭く、殺風景な魚沼の部屋に、魚沼の押し殺した泣き声だけが響く。豊は魚沼の肩を抱き、魚沼は豊の胸に顔をうずめた。
それからどれほどの時が流れたのか、魚沼は泣き止み、豊は魚沼の肩に手を置いた。
「淀水……お前の気持ちはよう分かった。果たして俺がお前の期待に添える男かは俺にも分からん。だからこの金と、この話は一旦、俺が預かる。もし引き受けるとなれば失敗は許されん。俺も覚悟を決める時間がいるし、周到に準備する必要もある。じゃから、お願いじゃ。俺を信じて欲しい。俺は淀水を絶対に裏切らんし、他言もせん。時間はかかるかもしれん。その間に、もしお前がひょんな気でも起したら全部ぶち壊しじゃ。分かるな? 淀水には、俺を信じて待っていて欲しいんじゃ。このことをサツにタレ込むような真似は決してせんと約束する」
魚沼はしばらく考えていたようだったが、
「……はい。私は、なにがあっても、豊さんを信じて待っています。豊さんが逃げたとしても、信じて待ち続けます」
「それでええ。今日は呼んでくれてありがとうな。淀水の素顔が見れて少し嬉しかったぞ。じゃが、淀水はやっぱり笑うとる方がかわええよ。次に会う時は、お前のとびきりの笑顔を見せてくれやの」
豊は立ち上がり、玄関に向かう。魚沼も見送りに立とうとしたが、それを豊は制した。
「今日はもう疲れたろう。ゆっくりするとええ。今日はぐっすり寝て、疲れをとるんじゃ。明日からは、いつもとは変わらんが、きっとほんの少しだけ、明るい人生が始まるはずじゃ」




