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詐欺でもよかった。自分の人生に一時でも張りを与えてくれた魚沼へのお礼のつもりだった。願わくば魚沼が改心し、自分になびいてくれればという下心もないではない。だがそれ以上に、魚沼にできうる限りのことをしてやりたかった。
それまで俯きがちだった魚沼が急に泣きそうな顔になり、完全に俯いた。長い髪が顔を覆い、その表情は見えない。魚沼は訥々と語り始めた。
「あれから二つほど面接を受けてみたけど、やっぱりうまくいきませんでした。今もひとつ連絡待ちですが、多分うまくいかないと思います」
意外にも無心ではなかった。どうやら本当に悩みを聞いてほしかったようだ。詐欺師などと疑った自分がどうしようもなく卑しく思えた。
「そうか。まあ、焦らんでもええ。淀水ちゃんなら、きっといい縁に恵まれる。今までは人に恵まれんかったかもしれん。じゃが、今の淀水ちゃんには人を見る目がある。少しばかりの勇気もある。これからは上向きの人生じゃ。これから先は……」
「やめてください。そんな通り一遍の気休めが聞きたいんじゃないんです」
魚沼が突然上目遣いで豊を睨みつけた。髪で顔はほとんど隠れていたが、その目だけは豊を捕らえていた。その気迫に呑まれたか、豊は一言も発せない。
「どうせ私なんか、なにをやったってうまくいきっこないんですよ。周りの人たちなんか、私がどうなったって知ったこっちゃない。生きていようが、死んでいようが、全く気にかけない。私が一人ぼっちで寂しい思いをしていても、一生結婚できなくっても、世間の奴らはどうだっていいんです。自分達さえ幸せならそれでいいんです。あいつら、私がこんな目に遭って、毎日泣きそうな思いをしてるのを見て、陰で笑っているに違いないんです」
それは違うと豊は言おうとした。少なくとも自分だけは、魚沼を大切に想っていると。が、そんなことを言おうものならまた安易な気休めだと取られそうで、なにも言えなかった。魚沼はさらに続ける。その声はいつもの調子とは違い、低く、凄みのある声だった。
「それもこれも、全部あいつが悪いんです。なにをやってもうまくいかないのは、あいつのせいなんです。あいつが私を逆恨みして、ことあるごとに私の邪魔をしてるに決まってるんです。そうして私を不幸のどん底に突き落とせば、きっと私が観念してあいつを頼ると思ってるんです。実にあいつらしい、陰険で回りくどいやり方です。どうせあいつは私がどんくさいから、なにやったってバレやしないと高を括ってるんでしょうよ」
魚沼の言うあいつとは、恐らく増井のことなのだろう。言葉遣いもいつもの魚沼とは全く違う。だが、こちらの魚沼の方が、実に魚沼らしく見えた。豊の思考は停止し、ただ魚沼の吐く毒に当てられていた。




