65
「ここです。豊さん」
魚沼が振り返り、促した古びた鉄のドアには意外にも魚沼と書かれた紙のプレートが嵌め込まれていた。
魚沼が鍵を差し込みドアを開けると、ぎぎ、と、錆びついた音。これも夢に似てるな、と思った。
魚沼が部屋に入り、豊も恐る恐る後に続く。室内は真っ暗。中に誰もいないことを示している。魚沼が電気をつけ、四畳ひと間の居間に上がる。風呂、トイレに通じるドア。キッチン、そして寝室とを隔てる襖がある。この手の部屋のお定まりの2DKだ。以前魚沼が家に来たとき、自分の部屋も散かっていると言っていたが、綺麗に片付けられている。もっとも、自分をわざわざ呼んだのだから事前に片付けたのだろう。それにしては妙に殺風景なのが少し気になった。
「どうぞ、座ってください」
魚沼が部屋の中央に置かれているコタツのスイッチを入れる。暖かくなったとはいえ、夜はさすがにまだ足元が寒い。豊が座ると魚沼がキッチンに向かう。コーヒーでも出すのだろう。最初は柄にもなく正座した豊だったが、すぐに足を崩す。魚沼は豊に背を向け、コーヒーの準備。その間、コンロにかけたやかんが沸きはじめる。
その後ろ姿を眺めていると、魚沼と同棲すれば毎日こんな光景が拝めるのだろうかと思った。叶わぬ望みとは分かっているが。
「テレビでもつけて、適当にくつろいでて下さい」
魚沼がそう言ったが、つける気にはならない。部屋の隅に小型の液晶テレビがある。まるで夫婦にでもなった気分だった。
ナイター中継でも見ながら、空になったグラスに魚沼がビールを注ぐ。今度は豊が魚沼に酌をする。そして二人でビールを飲み、ただ、その時間を楽しむ。そんな夢想をつい、してしまう。やがてコーヒーも入り、魚沼が盆に二人分のコーヒーを載せて戻る。出されたコーヒーは女性のものらしいおしゃれなカップ。安物ではあるのだろうが。豊はコーヒーをひと口すする。
「それにしても、急に何事があったんじゃ? なにか心配事でもあるのか」
言いながら金の無心ではあるまいかと思った。独居老人を狙う特殊詐欺は枚挙に暇がない。もし魚沼が詐欺グループの一員ならウン千万円のカネを、なにかと理由をつけて都合してくれと言い出すのだろう。だが、豊は不覚にも貯金の残高を頭の中で引っ張り出した。魚沼が詐欺師であろうと、カネを求められれば自分のできる範囲で出してやりたいと思った。十万でも二十万でも、自分の生活が破綻しない程度で、魚沼に与えようと思った。魚沼が詐欺師なら、あの増井もメンバーの一人なら、手ぶらではただでは済まないだろう。ならばささやかな金を持たせ、こんなことからは足を洗えと諭してやるつもりだった。




