63
が、背面ディスプレイを見た豊は一瞬体が固まった。そこには魚沼さんと表示されていたのだ。コーヒーショップで、魚沼が自分の携帯に設定をしてくれた記憶が蘇る。
着信音は二度、三度と鳴った。魚沼からの電話だ。豊は震える手で携帯を取り、開いた。
「あの、豊さんでしょうか? ごめんなさい。いきなり電話なんかして」
紛れもなく魚沼の声だった。その声を聞いただけでもう、豊は胸が一杯だった。
「どうしたんじゃ? こんな時間に。なにかあったか? 俺でよければ相談に乗るぞ。もしかして、またウチの近くにでもいるのか?」
「いえ、私はもう豊さんのおうちにお邪魔はできませんから。でも、どうしても豊さんに会いたい。会ってお話がしたいんです」
「水臭いこと言うなや。俺と淀水ちゃんの間柄じゃろうが。会いたい、言うなら俺はいつでも会うぞ」
「ありがとうございます。では、申し訳ないんですが、私の部屋に来ていただけないでしょうか」
えっ、と心中で驚いた。まさか魚沼が自分を自宅に招こうとは。嬉しさよりも不気味なものを感じた。豊が返答に窮していると、
「住宅地の駐車場で待っています」
「ま、待ってくれや。いきなりそんなことを言われても……」
魚沼は電話を切った。折り返し電話をかけてみたが通話ができない旨のメッセージが流れた。まるで豊を試すように。豊はしばらく考え込んだ。ひと月前、突然別れを告げた魚沼が今また、突然会いたいという。しかも今度は魚沼の家に。
一体どういうつもりなのだろうか。やはり美人局なのだろうか。魚沼の家に行けばそこには増井が、あるいは見知らぬ男が待ち構えていて、金を出せと迫るのだろうか。だが、それも無理のある話だ。魚沼から聞いた増井との不倫話ではなんの脈絡もない。魚沼と会ったのも面接の付き添いくらいで慰謝料云々の話にはなりそうもない。だが、いくら考えを巡らせたところで、豊の決意はすでに固まっている。魚沼に会いに行く。それ以外の選択肢などなかった。




