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 一対のティーカップから湯気が上がる。豊は魚沼の向かいに座ったものの、会話の糸口さえ掴めず、いたずらに時間だけが過ぎていく。魚沼は俯いてなにも話そうとしない。豊が口火を切るのを待っているのだろうか。耐え難い沈黙を経て、豊の方から切り出した。

「それで、結局面接の方はどうなったんかのう。かれこれ二週間近く経っとるから、いくらなんでも結果はでとるじゃろ」

「落ちました。いえ、正確には私が断ったんです。面接を受けた翌日に、やっぱりやめます。他に受けてたところに受かりましたって」

 なんとなくそんな気はしていた。自分から断るとは思っていなかったが、二週間も経ってから会いに来たのには、それなりの理由があるはずだった。

「本当は面接した人が私より年下で、明らかにこっちを見下してて、やたらと意識高い系を強調してくるのが鼻について、正直嫌な感じだったんですよね。豊さんには申し訳なくて、そんなこと言えませんでしたけど」

「いや、ええよ。嫌な職場でやせ我慢するより、淀水ちゃんが納得した所で気持ちよく働いた方がええに決まっとる」

 どうせ豊は魚沼の失敗を望んでいた。そんな話を聞かされても腹も立たない。それよりも豊は、一刻も早くあの頃に戻りたかった。コーヒーショップで、弟子にしてくれと頭を下げた、あの頃の魚沼に戻ってほしかった。

「でも、本当の理由はそんな事じゃないんですよね。豊さんも薄々気付いていると思うんですけど、あのショッピングモールで会った、あの男の人が直接的な理由かな」

 そんな話など聞きたくはなかった。聞かなくても大方の想像はつく。だが、前回の失敗を取り返すためには避けては通れぬ話題だった。

「私、多分言ったと思うんですけど、あのショッピングモールで働きたくないって言いましたよね。それは確かに、幸せそうな人たちを見るのが嫌っていうのもあるんですけど、一番の理由は、あそこで働いていると、隣の市役所に勤めている彼、増井さんっていうんですけど、あの人に会うんじゃないかって心配があったんです」

 恐らくそうなのだろうと思っていた。魚沼が自分の腕に抱きついてきたのも不自然だった。あれは増井に見せつけるためではなかったか。

「でも、大きなショッピングモールで、すぐ隣の建物だから、逆に会うことなんかないんだろうなって心のどこかで思ってたんです。それが面接の日にいきなり会うんですもん。こんな偶然、ありえませんよね。彼、外回りの帰りなんてしれっと言ったけど、それでショッピングモールにいるなんておかしいですよね。昔からそうなんです。すぐに嘘と分かる嘘でその場を取り繕ってばっかりなんです。どうせ毎日、あそこでサボってるんでしょうね。それくらい、私にだって分かります。彼、昔からそういうとこがありましたから。それに気付いて、気付かないフリをしてその場をやり過ごす私も浅はかですけど」

 魚沼は落ち着くためか、ひと口だけティーカップに口をつけた。実際に飲んだかは定かではないが。

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