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 ワイドショーがローカルニュースを伝える。豊の住む市が任期満了に伴い市長選挙を行うというものだった。当市の市長選は対立候補が出ないため無投票で再選が決まるというのが不文律だ。だが今回は事情が違い、現職市長が高齢になったこと、もう何度も無投票が続いていることもあり、四十代の若い候補が立候補するという。久々の選挙戦に地元も活気付いているのか、番組もこのニュースを時間を割いて報道。若い対立候補のインタビュー映像が流れる。豊は鼻白んだ。

 そんな若いだけの馬の骨に、なぜに大衆は無条件で期待するのか理解できない。若いということはそれだけで年寄りを見下しているということだ。そんな青二才になにができるのか。少子高齢化が進む昨今の事情も顧みず、見当違いの若者に手厚い行政、若者を呼び込む街づくりといった、手垢のついたスローガンを掲げて、結局なにもできないのだろう、と。国政でも若いだけが取り得の二世議員だか四世議員が花盛りだが、連中もおしなべて年寄り受けのいいことばかりを言っている。それを言えば年寄りが喜ぶツボを心得ているのだ。それでまた期待する年寄りが多いのだから救いようがない。

 不愉快になってチャンネルを変えたが、どこも同じようなニュースをやっている。別の局では現職の市長が対立候補の出現に不満を露にしていた。自分は今まで市政を無事に舵取りし、市の発展にも結果を出している、というのが主な論旨だ。今の市政をまったく評価していない豊はどうせ現職再選だろうと思いつつ、癪だが対立候補に一票入れて、今の市長にお灸をすえてやろうか、という心持だった。もっとも、投票に行く気などさらさらないのだが。

 豊は携帯を開いた。相変わらず魚沼からのメールはない。毎日携帯を片時も離さず、着信を待っているのだから当然なのだが、それでも待ち受けを確認するのは悲しい性だ。

 魚沼の当落が決まる一週間後からさらにもう五日。そろそろ二週間目に突入してしまう。このまま魚沼との関係は切れてしまうのだろうか。もう魚沼の当落などどうでもよかった。ただもう一度、自分にチャンスをくれと言いたかった。たった一度、魚沼の期待に応えなかっただけでなしのつぶてはあんまりではないかと。それだけのことで連絡を断ってしまう魚沼に苛立ちと、少しばかりの憎しみを禁じえない。いつの頃からか、自分から連絡は絶対にすまいと心に誓った。だがその決意も最近とみに鈍くなった。一度連絡をして、きっちり弁明した方がいいのでは。いやいや、それでは言い訳じみてかえって逆効果ではないか。そんなことを悶々と考えるうち、いつの間にか二週間近くになってしまったのだった。その間、何度かスーパーに行ったものの、やはり魚沼は現れず、虚しくなるので最近はスーパーに出向くのも嫌になってしまい、ここ二、三日はコンビニで買い物を済ませていたのだった。

 だがそれも限界に近付きつつあった。コンビニで買うものは高いので多くは買い込めない。やはりいつものスーパーで安い食料品および生活必需品を億劫でもまとめて購入する必要に迫られつつあった。

 豊は重い腰を上げて現金を入れた封筒を確認。予測はしていたが払底している。これはスーパー近くにある天下の農共にも出向き、現金を補給する必要もありそうだった。

 と、突然携帯の着信音が鳴った。豊は慌てて居間に戻る。どうせ娘からか、あるいは全く関係ない機関からの勧誘かなにかだろうと思いつつ。

 が、携帯の背面ディスプレイには魚沼さんと表示されていた。豊は一瞬躊躇したが、待ちに待った魚沼からのメールだ。落ち着いて携帯を取る。だが違和感を覚えた。いつもなら一回のコールで切れていたのに、なぜ何度も着信音が鳴るのだろうかと。

 少し考えて基本的なことに気付く。魚沼はメールではなく、電話を掛けてきたのだ。今までになかったことなのですぐには分からなかった。豊は恐る恐る、しかしなるべく急いで携帯を開き、通話ボタンを押した。画面には間違いなく魚沼からの電話を示すマークが表示されている。

「あのう、豊さんですか? 私です」

 多少声のトーンが沈みがちだが、間違いなく魚沼の声である。

「おお、淀水ちゃんか。連絡、待っとったんぞ。メールじゃなく、電話してくるとは珍しいの。面接、どうだったんじゃ?」

 さっきまでの軽い殺意もどこへやら。もう豊は魚沼の声を聞いただけで有頂天だった。

「ええ。その事も含めて、豊さんに報告したいんです。今、豊さんの自宅の近くの停留所にいると思うんですけど、自宅の詳しい場所が分かりません。歩きながら探しますので、目印とか、道順を教えて下さい」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。今、ウチの近くにおるんか? 停留所はなんと言うところぞ。今すぐ迎えに行くけん」

 豊は飛び上がらんばかりに驚いた。取る物もとりあえず上着を羽織る。聞けば魚沼は自宅から数百メートルの停留所にいるという。タプリに乗り込み、言われた停留所に向かうと確かに、魚沼が独りでベンチに座っていた。わずか二週間ほどしか会っていなかったのに、豊は目頭が熱くなった。

「なんか、久しぶりじゃのう。もう何年も会わんかったような気がするぞ。いや、連絡せん俺も悪かったが、これでも心配しとったんぞ」

 魚沼は愛想程度の笑みを浮かべ、軽く会釈をした。やはりどこかよそよそしい。

「はい。私も長いこと豊さんに会えなかったので寂しかったです。でも、豊さんがいつもと変わりないので安心しました。この子も、元気そうですね」

 魚沼はそう言うとタプリを見やった。大して思い入れもない車をこの子という魚沼のいじらしさに、豊は抱きしめたいほどの愛おしさを覚えた。

 豊は魚沼をタプリに乗せ、高鳴る鼓動を抑えつつ、自宅に戻った。

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