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 吸い終えたタバコを灰皿に押し付ける。

 そんな魚沼が増井と再会したとき、傍にいたのが豊のような、くたびれたオヤジだった。それこそ祖父と言っても差し支えない年寄りだ。増井にしても、まさか豊が魚沼と一緒に歩いていたとは思わなかったのだろう。

 きつい冗談はよせ。そう、増井は言った。豊と魚沼など傍から見れば冗談にしか見えないのだろう。豊が客観的に見ても、やはり同じ感想を持つと思う。それくらい、豊と魚沼の間には年齢のギャップがある。それは分かっている。分かってはいたが、恋は盲目といおうか、そのときの豊は魚沼に夢中になり、一緒になれるのではと夢想した。いや、今でもそうだ。

 それほど歳の離れた豊が一緒に居たのだ。それを知った増井もさすがに驚いただろう。魚沼の年上趣味は知っていても、これはないだろうと。こんな年寄りが自分の後釜かと。きつい冗談はよせ。増井の言葉には、明らかにそんな侮蔑が込められていた。それを感じとった魚沼の羞恥はいかばかりだったか。

 もしかすると魚沼は豊をアテにしていたのではあるまいか。

 昔、自分を捨てた男に未練はある。だから、魚沼は豊になんとかしてほしかったのではないのか。増井を一喝して追い返してほしかったのではないのか。

 だが、当の豊は間抜けにも美人局を恐れてその場でうろたえていただけだ。魚沼はいたく失望したのではないか。だから仕方なく、魚沼自身が厳しい態度で拒絶せざるを得なかった。しかもご丁寧に去り際、豊は増井に会釈までしてしまった。なぜあんなことをしてしまったのか。魚沼の剣幕に驚き、増井が拒絶され、美人局などではなかった安堵。そしてご愁傷様、という優越にも似た気持ちがあのとき、あったからだ。だから豊は増井に軽く会釈をして、魚沼の後を金魚の糞のようについていった。今思い出せば、自分の馬鹿さ加減に呆れるばかりだ。あのとき魚沼が豊に求めていたのはそんなものではなかった。男として、毅然とした態度で増井から守ってほしかったに違いない。豊こそが魚沼の腕を取って、さっさとあの場から連れ出してほしかったのだ。だから階段の踊り場で、魚沼は急によそよそしい態度になったのだ。

 豊は頭を抱えた。もう取り返しがつかない。返す返すも増井を一喝しなかったことが悔やまれる。それさえしていれば魚沼との距離はぐっと近付いたはずだ。頼れる男として豊になびいたはずだ。もしかすると今この部屋に、魚沼が来ていたかもしれない。だが、今となっては戻らぬ盆の水だった。かえって魚沼を失望させ、昨日までの二人の距離が大きく開いてしまった。

 自分はいつもこうなのだ。少し親しくなり、相手との距離を縮めようとすると、少しの油断や判断ミスで、かえって関係が途切れてしまう。会うもの気まずくなる。魚沼とだけはそうはなりたくなかった。だから増井が現れたときもでしゃばらず、成り行きを見守ろうとしてしまった。それがすべての間違いだった。時計の針を戻して時間を巻き戻せるものなら、寿命を縮めてでもそうしたかった。現実には不可能なのは分かりきっているが。

 なにか救済措置はないのか。豊は親指の爪をかじりながら模索した。この失点を取り戻す秘策は、好機は。豊はひたすら考え続けた。

 まだ望みはある。面接の結果が出るのは遅くとも一週間後。その間、魚沼から連絡が入り、自宅に来て食事を作ってくれる話が出来上がっていた。そのときになるべく紳士的に接し、それとなく増井のことを聞く。魚沼もまだ未練があるなら、処理できていない自分の気持ちを吐露するかもしれない。そのときに豊が相談に乗ってやり、増井はろくでもない男だ。別れてかえって良かったなどと言ってやれば魚沼も胸のつかえが下りるかもしれない。

 そうだ。初対面の男にいきなり事情を察し、怒鳴りつけるというのも無理な話なのだ。そのことをきちんと魚沼に周知させ、次に会ったときは自分が出て魚沼を守ってやる。それを説明すれば魚沼も分かってくれるはず。豊はその一点に一縷の望みを抱いた。これ以外、魚沼の信頼を回復する術はないであろう。

 豊はこれで一件落着と、二本目のタバコに火をつけた。

 だが、待てど暮らせど魚沼からの連絡はなかった。自分から電話しようとも思ったが、増井との一件のため、それも明日、明日と先延ばしにするうち、とうとう一週間目を迎えてしまった。結局、その日も魚沼から連絡が入ることは、ついになかった。

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