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そういえばと、このまま帰るとすればどうするのだろうと思った。
帰りも車に魚沼を乗せるとして、そのまま自宅に送ることになるのだろうか。今日の流れでいけば部屋に上がってくれとか言い出しそうである。自分を部屋に招き入れるということは、もう体を許してもよいというサインかもしれない。
そうこうする内に魚沼が戻ってきた。豊がコーヒーを受け取る。一方魚沼はお茶のようだ。豊の隣に腰掛け、二人して飲み物をすする。幸い、近くに座っている者はいない。通りがかる客の数もまばらだ。豊はなにか話すべきかと思うが、適当な話題が転がってこない。魚沼の気持ちを直接確かめたいが、焦るのもまずいような気がする。警戒心を抱かせ、拒絶されるようなことにでもなれば目も当てられない。折角いい雰囲気になっているのだから、あえてそれを壊す気にもなれない。
お茶を半分ほど飲んだ頃、魚沼が口を開いた。
「豊さんのお住まいって、須舞区の住宅地なんですよね。あのスーパーから車でどのくらいかかるんです?」
「まあ、大体二十分ちょっとというとこかの。山ひとつ越えんといけんから、結構時間がかかる。とはいえ、他に近場にはコンビニくらいしか……うん? なんで淀水ちゃん、そんなことを聞くんじゃ」
「だって豊さん、食生活のバランスがあまり取れてなさそうじゃないですか。今度ご飯でも作りに押しかけちゃおうかなあって」
魚沼が自宅に来る。豊にしてみれば願ってもない申し出だが、果たして本気なのだろうか。軽い冗談のつもりで言っているのか。
「ありがたいことじゃが、淀水ちゃんにそこまで面倒かけては悪い。今更健康に気を遣うて長生きしてもの。それよりも、あと五年か六年ほどの寿命で、ぽっくり逝ければそれでええんじゃ」
「そんな寂しいこと言わないでください。私は豊さんに少しでも元気で長生きしてほしいんですから」
「しかしのお。現実問題として、淀水ちゃんがウチに来るというのも大変じゃろ。まあ、俺はナンボでも送り迎えはしてやれるが、淀水ちゃんはそういうわけにもいかんじゃろ。仕事が決まったら、毎日出んといけんし、休みの日くらいゆっくりせんと体が持たんぞ」
「それじゃ、せめて仕事が決まるまでの暇な時期にでもどうですか? 私、もっと豊さんにお話を伺いたいんです」
どうやら魚沼に冗談を言っている様子はない。これはやはり脈ありなのではないか。
「なら、一度ウチにきてくれるか? まあ、やもめだから家の中は散らかり放題じゃから、今のうちから大掃除をしとかんといかんのう」
「そうですよ。独り暮らしをこじらせちゃうと、心まで不健康になっちゃいますから。足の方も気にしなくていいです。豊さんの自宅くらいの距離なら、バスでいくらでも行き来ができます」
もう豊はその日が待ち遠しくて仕方がない。それから魚沼はいつにしようか、なにを作ろうかとか言っていたが、ろくに耳にも入ってこず、その日、どうやって魚沼と関係を持つかということばかり考えていた。
それから大まかな日取りを決め、魚沼が事前に連絡を入れることで落ち着いた。二人が腰を上げかけたその時、不意に魚沼を呼び止める声がした。
「淀水じゃないか。こんなとこでなにやってんだ」
豊が慌てて振り向くと、スーツを着、髪を七三に整えた長身の男が魚沼に話しかけていた。




