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「二階にはブティックが何店か入ってるんです。独りで歩いてもつまんないから、豊さんとウインドーショッピングしたいなあって」

 それを聞いて安心した。このまま帰ってはなんの進展もないので二つ返事で了承。フロアにはいくらか高級そうな雰囲気の店が並んでいるが、全体的にはやはり庶民的な衣料品店が多い。それでも、やはり豊には縁の薄い場所だ。だが魚沼は嬉しそうにショーウインドーを眺めている。

「ほらほら、見てください。素敵ですよね、この服」

 マネキンに着せられた服を指差し、魚沼が豊の袖を引っ張る。これはもしやねだられているのかと思い、適当に相槌を打つ。

「ああ。こんな服を淀水ちゃんが着たら、さぞかし綺麗じゃろうのお」

「お上手ですね。でも私、こんなにスタイル良くないから、着るのは無理だなあ」

 確かに展示されている服は洗練されていて、いかにも値が張りそうだ。それよりも豊は魚沼の私服の方が気になる。いつもの不思議な服装だが、これで面接を受けるというのはどうなのだろう。明らかに展示されている服とは方向性が違う気もするのだが。もっとも、言えば魚沼が気分を害するかもしれないので言いはしないが。

「あ。こっちの服、豊さんが着たら似合いそうですよ」

 魚沼が指差したマネキンは少し派手なベストにベージュのスラックスだ。本当に似合うのだろうかと首を傾げたくもなったが、生前、妻が出かけるときくらいはいい服を着てくれと、よく言っていたのを思い出した。魚沼も一緒に歩くときくらいは自分におしゃれをしてほしいのだろうかとも思ったが、今しがたおしゃれに気を遣う男をこき下ろしたばかりだ。さすがにそんな変節はできない。

「まあ、淀水ちゃんにそう言うてもらうのはうれしいが、俺はいつもの着慣れた服でええ。服なんぞ、動きやすくて肩のこらんのが一番じゃ」

「ふふ。豊さんらしいですね。まあ、あんまりイケメンに変身してモテられても困りますからね」

 一体なにが言いたいのだろうと、発言の意図を推し測ろうとした次の瞬間、

「えいっ」

 魚沼が突然豊の腕に抱きついてきた。

「お、おいおい。こんなところで引っ付かんでくれ。周りのもんが何事ぞと思おうが」

「大丈夫ですよ。傍からは仲のいい親子連れにしか見えません」

 それでも豊としては周囲の目が気になって仕方がない。なるべく目立たぬよう壁際を歩く。

 魚沼と腕を組んで歩くのは気恥ずかしいものがあるが、内心では嬉しくて仕方がない。豊満とはいえないものの、魚沼の胸が腕に当たって気持ちがいい。やはり魚沼は自分に気があるのではないか。女として誘っているのではないか。自分の口でそれを直接確かめてみたいが、さすがに人の目が気になって今はできそうもない。

 少しでも人目が少ない場所を求め、エスカレーターの踊り場に設置されているベンチに気付いた。

「淀水ちゃんや、少し疲れた。すまんが、そこで一服させてくれんか」

「あ、ごめんなさい。私ったら、少しはしゃいじゃって、豊さんのこと全然考えてませんでした」

 実際に疲れたわけでもないのだが、腰掛けると反射的にタバコを探してしまう。すんでのところで気付き、肩がこったフリをしてごまかす。財布から小銭を出して魚沼に差し出す。

「少し喉が渇いたけん、すまんがこれでコーヒーでも買うてきてくれんか。淀水ちゃんの分もあるから、好きなのを買うてくるとええ」

 魚沼は笑顔で頷き、小銭を受け取ると自販機に向かった。

 豊は一人、今日の魚沼の行動を改めて考えてみる。

 魚沼は自分に対してかなり好意を持っている。これは間違いあるまい。そうでなければ、面接の付き添いで来ただけの自分と腕を組んだり、食事したりはしないだろう。問題はそれがどういう類の好意なのか。異性としての好意か、それとも父親のように慕っているだけなのか。腕を組んでいたとき、魚沼は傍からは親子にしか見えないと言っていた。事実そうなのだが、そういう言葉が出るということは、やはり男として見ていると思っていいのではないだろうか。

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