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 二日後、豊は魚沼を伴い、面接が行われるショッピングモールに向かう。中規模だが、市内で最も大きい商業施設で、スーパーマーケットを主体に各種店舗がテナントとして入っている。豊も電化製品や衣料品等を購入するときはここを利用する。魚沼が面接する衣料品店もここに出店しているとは知らなかったが、さして驚くことでもない。むしろ魚沼がこの店に勤めるようになれば、普通の衣料品店よりずっと入りやすい。とはいえ、やはり魚沼の就活の成功を祈る気にはなれなかった。

「じゃあ、行ってきますね。豊さんにはまた退屈な思いをさせちゃいますけど」

「ええよ。運転手は待つのが仕事じゃ。それにここなら、暇を潰すのに苦労はないからの」

 広い店内の中心部には各階に休憩スペースが設けられている。そこにはやはり、豊と同年代の高齢者が集っている。中には若い家族連れもいるが少数派だ。むしろ孫らしき幼児を連れた高齢者が多い。そういう事情なので、豊のような単身の高齢者はこういう場所には居辛いのだろう。豊も魚沼と出会わなければ、こんな場所に座るのは苦痛でしかない。だが、魚沼の付き添いで来た身分ならば、孫を連れた同年輩など大して羨ましくもない。逆に孫にしか生きがいを感じられない連中に哀れみを覚えるほどだ。

 かつては子や孫を連れた、幸せを絵に描いたような家族の姿を外出先で見るにつけ、そんな家族がなぜ、この世に存在するのか不思議でならなかった。羨ましくて仕方がなかった。彼我の間にどれほどの差があるというのか。自分のように世の中の真実を見抜く眼力があり、社会情勢にも精通している自分にできないことが、なぜ彼等にはできるのか、経済力の差なのか、無知ゆえに悩みがないからなのか、その明確な理由は未だに分からない。だが、今の豊にはもうどうでもよかった。孫と戯れる年寄りなど掃いて捨てるほどいるが、自分のように歳の離れた異性と老いらくの恋を味わえる者などどれほどいるだろうか。その特権意識が豊に余裕を与えた。なまじ愛する家族に恵まれなかったがゆえに、天から心踊る出会いを贈られたのだと思った。

 魚沼が面接をしている間、豊は自販機でコーヒーを購入し、休憩所のソファに座る。隣では豊とそう歳も違わない老紳士が孫を膝に乗せている。どうやら孫はゲームセンターに行きたいとか言っているらしい。祖父らしき老紳士は満面の笑みで孫の頼みを聞いている風だ。

 豊はおかしくなってしまった。今日びの子供は年寄りを敬ったりなどしない。ただ、金蔓として見ているだけだ。年寄りとしては孫を繋ぎ止めておきたいがために、カネを出す。そんな年寄りの下心など孫は見透かしている。子供の方がよっぽどしたたかだ。こんな連中を、かつて自分は羨んでいたのかと。

 しばらくすると老紳士は孫と手を繋ぎ、休憩所から数メートル先に見えるゲームセンターに入っていった。孫はクレーンゲームに張り付き、祖父が財布を開くのが見えた。

 なるほど、と思った。休憩所の目と鼻の先にゲームセンターを配置。孫を連れた年寄りはせがまれてカネを落とす。三者がそれぞれに旨味のあるシステムなのか、と。

(犯罪にならん援助交際だな)

 心の中でそう呟き、冷笑した。

 年寄りが孫を殊更可愛く思うのは、突き詰めれば自分が死にたくないという願望に帰結する。だが、現実に死は避けえない。だからその代償行為として、孫という自分の遺伝子を受け継いだ、若い器を自らの魂の依代として溺愛してしまう。すべては本能のなせる業だ。だが、自分は違う。

 自分は死にたくないなどと思っていない。全くと言えば嘘になるが、子や孫といった、遺伝子の器に自己を投影するほどさもしくはない。自分の人生は死をもって完結させるのだという覚悟があるつもりだ。だから娘との折り合いが悪く、孫の鞠と会えなくなったとしても、なんの痛痒も感じない。自分は、自身の生を全うすればそれでよく、子や孫の世代にまで自己の未練を背負わせるのは人のエゴというものだ。豊は今後、残りの人生は魚沼と添い遂げることに費やそう。そう、改めて決意した。

 そんなことを考えていると、なんとはなしに見ていた、休憩所に設置されたテレビが昼のワイドショーを映し始めた。特に大きなニュースもないのか、この日はしょっぱなから芸能ニュースをやっている。家で見るときは芸能ニュースなど流れ始めた時点でチャンネルを変えるが、こういう場所では勝手にチャンネルを変えるのは憚られる。リモコンはテレビの前に置いてはいるのだが。

 だが、その芸能ニュースはどうやら還暦過ぎのベテラン俳優と、二十代の一般女性との年の差婚を報じるものらしかった。司会やコメンテーターたちが白々しい祝辞を述べている。

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