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「なんです?」
声をかけられた魚沼が振り返る。豊は頭を掻きつつ、どう話を接ぐべきか、しばし考えた。
「あ、あのな。その、面接をするという店舗は、どこになるんじゃ?」
「市内の見名戸地区ですけど」
役所や市内の大型店舗が集中する中心地だ。今いる場所、つまり、魚沼の自宅からは車で十分はかかることになる。
「それは遠いのう。面接は明後日じゃろ。どうじゃ? 俺が送ってやろうか?」
「それは、助かりますけど、いいんですか? 昨日の今日で、ガソリン代も馬鹿にならないんじゃありません?」
「まあ、俺はどうせスーパーに買い物ついでじゃしの。淀水ちゃんさえ良ければ、遊び役で連れて行ってやるぞ」
豊は下心を悟られまいと、少しバツが悪そうに言った。その態度はますます不自然だと自分でも分かっていたが。
「わあ。それじゃ、お言葉に甘えちゃおっかな。ごめんなさいね。何から何まで豊さんに頼りっぱなしで。正直、今日は豊さんに退屈な思いさせちゃったから、言い辛かったんですよ」
そんなことを気にしていたのかと拍子抜けした。では、自宅まで送ろうと言えば、案外魚沼は自宅にまで上げてくれるのではないか、とも思ったが、さすがにそれは焦りすぎだと自戒した。
その後、面接の時間を確認し、スーパーの駐車場を待ち合わせ場所に指定して解散。魚沼は時折振り返り、手を振りつつ帰っていった。
その場に独りとり残され、豊は寂莫たる思いだった。周囲には人、車が行きかい、騒音、雑音で騒がしいはずなのに、その音がどこか遠い。大勢の人間が視界に入るのに、この世には自分しか存在しないような感覚に囚われる。世界は動いているのに、自分だけはその動きからとり残されているような、そんな感覚を。
その感覚は今までにも少しあった。だが魚沼に会い、こうして別れると、その感覚はいっそう強くなった。さっきまで魚沼と話していたときはすべてが充実していた。寂寞感など微塵もなかった。それがどうだろう。魚沼がいないだけでこれほど孤独を感じてしまうというのは。もう、豊は魚沼と知り合う前の自分には戻れないような気がした。戻りたくもなかった。
魚沼と別れてから豊はスーパーに入り、さりとて何かを購入するわけでもなく、ただダラダラ時間を潰す。それも飽きたらスーパーを出、百メートルほど離れた、入ったこともないコンビニに入り、立ち読みなどをしてさらに時間を潰した。このまま、あの誰もいない家に帰りたくなかった。コンビニを出た頃には辺りは薄暗くなっていた。日は一時期に比べて大分長くなったとはいえ、まだまだ陽が沈むのは早い。道路の交通量が増えていた。帰宅の車が流れ始めたのだろう。スーパーの駐車場に戻る道すがら、道路の向かいに、あのコーヒーショップが見えた。相変わらず若い客ばかりがたむろしている。女性客が中心だが、学生のカップルと思しい客もいる。皆、幸せそうだ。自分も、確かにあの店に魚沼と二人でいた。今日の昼前、魚沼と話した。魚沼は面接で落とされたと拳を振っていた。自分はその魚沼を元気付けようとした。どんなことを話したかはもうほとんど覚えていないが、確かに自分も、あのコーヒーショップで幸せな時間を過ごした。もう遠い昔のことのように思える。
豊は帰宅する前に、一度魚沼の住むアパートに行ってみようと思った。




