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「おお、覚えとったんか。うっかり口を滑らせたかの。そう。情けないことに独身じゃ。連れ合いに先立たれてしもうてのう。寂しい毎日を送りよる」

「そうなんですか。お子様は?」

「娘が一人おるが、どういうわけか俺は嫌われていてのう。柔満渡市に孫娘と二人で住んどるが、会いに来ることはほとんどない」

 柔満渡市は県庁所在地で、豊の住む町から車で三時間ほどかかる。県下の若者は大抵その街に就職や進学で出て行き、その他の市町村は過疎化が進んでいる。

「ごめんなさい。失礼なこと聞いちゃって」

「ええよ。淀水ちゃんも俺の素性をある程度は知っとかんと、安心できんじゃろ。それに、独りも悪くないもんじゃ。こうして淀水ちゃんのために自由に時間を使うことができる。家族持ちだとなかなかそうはいかんからの」

「なんだか私達、似てますね。私も母とは折り合いが悪くて会いたくないんですけど、やっぱり寂しくって、温かい家庭が欲しいなって、思っちゃうんです」

「すまなんだのう。娘じゃなく、息子でもおったら、淀水ちゃんの見合い相手に紹介したんじゃが。まあ、淀水ちゃんが俺の息子なんぞを気に入ってくれるかは分からんが」

 魚沼がまたしても手を口に当てコロコロと笑う。

「もう。豊さんったら冗談ばっかり。豊さんの息子さんなら、それこそ私なんか相手にしませんよ。やだなあ」

 魚沼の方もまんざらではなさそうだ。じゃあ俺のこっちの息子の相手をしてくれんか、などという下ネタが頭を過る。存外魚沼は乗ってくるのではあるまいか。逸る心を抑えつつ、さらに探りを入れてみるかと思案しているうち、職安の看板が見えた。なるべくゆっくり走って時間を稼いだつもりだったが、楽しい時間はあっという間だ。気の利かない職安だと心の中で舌打ちしつつウインカーを出す。

 タプリを駐車場に停め、二人して降りる。運転終わりに一服したい気分だったが、魚沼の前では吸えない。どこかで目を盗んで吸おうかとも思う。魚沼と一緒に暮らすことになれば、ずっとこんな悩みがつきまとうのだろうか。それを思うと手放しで喜べなかった。

「豊さん。一緒に来てくれます?」

 どうやらタバコは帰るまでお預けらしい。豊は観念した。

 職安に入ると意外と人が多いことに驚いた。景気が悪いのは周知の事実だが、こういう場所に来ればさらに実感する。しかも自分のような年寄りなどおらず、働き盛りと思しい年代が多い。だが、皆、一様に顔に生気がなく、姿勢が悪かったり服装がだらしなかったり、自分が面接官ならここにいる連中、全員不採用だな、と思った。

 そんな感想を抱いている間に、前を行く魚沼が慣れた調子で入り口に置いてある求人の一覧表を手に取った。

「うーん。先月のものとほとんど変わんないなあ」

 魚沼が溜息をつく。

「で、俺はなにをすればいいんじゃ」

「あ。申し訳ないんですけど、ここで待っててくれませんか? なるべく早く済ませますから」

 魚沼がそう言って手をかざしたのは入り口脇にある待合スペースらしき場所だった。四畳ほどの狭い場所にベンチ型のソファが設置されている。幸い、すぐ傍に自販機が三台ほど並んでいる。

「では、行って参ります。豊さんは私の健闘を祈っててください」

「おう。応援しよるぞ。頑張ってな」

 歩く後ろ姿も勇ましく、魚沼は何台もの端末が並ぶ一席に座った。どうやら職安はパソコンで職を探すシステムらしい。ではパソコンなど使えない自分は職探しさえできないではないかと思った。

 自販機で紙コップのコーヒーを買い、ソファに腰を下ろす。室内を見ると魚沼以外にも、何人もの男女が端末で職を探している。豊も今しがた魚沼が見ていた一覧表を一部、手に取る。予想したとおり、自分が就けそうな仕事はない。しかも年齢制限が四十までとはどういうことか。先ほど政府は七十過ぎまで働ける社会を作る云々と言っていたが、思ったとおり、ただのスローガンだったようだ。大方年金の受給年齢を引き上げると共に、支給額の引き下げ、増税や控除の廃止のための布石なのだろう。政府は民を虐げる政策には熱心だが、手厚い補助は自分達にしか適用しない。自分のような老人はさっさと死んでほしいというのが、どうせ政治家の本音なのだろうと思った。

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