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「コーヒー、冷めちゃいましたね。少し待っててくださいね」
魚沼はそう言って席を立ち、再び二人分のコーヒーを持って戻ってきた。
「うーん。聞けば聞くほど、なんか納得できない。河村さんの方が絶対正しいのに。お店の方が悪いのは分かりきってるのに。どうしてそういう態度しかとれないんですかね。お客を舐めてるんでしょうか。もう私、あのスーパーで買い物するの、やめよっかなあ」
魚沼が不満を隠そうともしないので、豊の方が心配になってきてしまった。
「いや、さすがにそこまでする必要もないじゃろ。なんと言うても、たかだか百円かそこらのもんじゃしの。ま、俺も少し大人気なかったが」
「でも、やっぱり悔しいですよね。お店側がそれなりに謝れば、こっちも少しは仕方ないかなって思えるけど、それさえないなんて。結局、泣き寝入りするのはいつも庶民、ってことなのかなあ」
それは少し違うと豊は思った。話では割愛したが、山野はとりあえず頭を下げ、謝罪もした。それが豊の気に入るものではなかったから、つい、店は謝罪していないという言い方をしてしまった。だが、それを訂正するタイミングはとうに失っていた。
「かというて、さすがに買い物をやめるのはいきすぎじゃろ。当事者の俺でさえ、またこうして買い物にきとる。腹は立つが、俺も浪花節じゃけんの」
などと言ったが、魚沼が買い物に来なくなれば,もう会うことができないのではという不安からだった。
「河村さんは大人だなあ。私なんかとは全然違うなあ。まあ、私もあそこで買い物できなくなったら、少し遠出しなくちゃなんないから、現実的でもないんですけどね」
「まあ、店が謝罪もせえへんかったのは、俺がこんなくたびれたオジンだからじゃろ。魚沼さんみたいな美人が同じ状況になったら、あの店長なら鼻の下伸ばして謝罪するんと違うか? 心配することないじゃろ」
「ええー。美人なんて、生まれて初めて言われましたよお。もう、河村さん、お世辞がうまいなあ」
そのとおり、ただのお世辞だ。初めて会ったときも、こうして差し向かいで話をしても、魚沼は美人とは言いがたい。ここまで自分をいい気分にさせてくれた魚沼への、最大級のお世辞だった。もちろん、下心がないわけでもない。魚沼はコーヒーを少し飲み、しばらく何かを考えていたようだったが、急に真剣な面持ちで豊に向き直った。
「あの、初めて会ったばかりで、こんなこと言うと変な女だって思われるかもしれないけど、お願いしたいことがあるんです」
豊は、少し嫌なものを感じた。




