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着信音は一回鳴っただけで止まってしまった。慌てて豊は携帯を開いた。なぜ、たった一回コールしただけで切ってしまったのか。よもや魚沼になにか深刻な事態でも起こったのかと不安に駆られた。だが、メインディスプレイには見たことのない文言が表示されており、それがなにを意味するものかはすぐには分からなかった。
「メールが届いています」
そう、表示されていた。そういえば、コーヒーショップで魚沼がメールアドレスを教えてほしいと言っていた。だが豊はメールなどしないし、使い方も分からない。もちろん自分のアドレスなども知らない。そう言うと魚沼は携帯を貸してほしいと、豊の携帯を受け取ると手馴れた様子で操作し始め、
「うーん、メール契約がされてなかったらSMSしかないなあ。でもでも、それじゃ写メが送れないしー、お? これかな? やた。できたできた。河村さん、メール契約してるじゃないですかあ。これでメール、やりとりできますよ」
魚沼は豊の携帯と自分のスマホを器用に両手で操作し、携帯を返した。一体、なにを言っていたかはちんぷんかんぷんである。だが、メールの送受信の設定をしてくれたのは分かった。契約がどうのと魚沼は言っていたが、そもそも携帯のことなどよく分からないので、女子店員に勧められるままの設定にしていたが、それが幸いしたらしい。魚沼が言うには、メールの方が通話より安上がりとのことだ。豊にはどうでもよいことだったが、携帯を器用に操作する姿を見ると、魚沼もやはり最近の若い娘なのだと思った。
地味な印象で、少し浮世離れしていると思ったが、案外、中身はその辺りの娘となんら変わるところはないのかもしれない。ただ、少し人付き合いが下手なだけだ。そんな魚沼と知り合えたのは大変な幸運だと思ったのを覚えている。
自分はメールの仕方など知らないと言うと、魚沼は自分が送るだけだからと言っていた。そういうものなのかと思ったが、メールの通知を見て、こういうことなのかと理解できた。だが、そのメールとやらがどこにあるのか分からない。悪戦苦闘すること数分。結局、開き方が分からず、何度か逡巡した後、とうとう魚沼に電話をかけてしまった。
「もしもーし。魚沼でーす。河村さん、写メ、見てくれましたあ?」
「あ、いや、それなんじゃがのお、そのメールとやらはどうしたら見られるんじゃろうのお。結局、見られんまま、不都合が起きたらいけん、思うて、電話してみたんじゃが」
「あ、そうですよね。ごめんなさい。私、そこまで考えてなかったや。これから私がレクチャーしますから、河村さんは言われたとおりに操作してくださいね」
魚沼のアドバイスをメモし、電話を一旦切る。おかげで無事、メールを開けられた。
「じゃじゃーん。今夜は河村さんと会えた記念に、シチューパイを作ってみましたあ」
その文章の下には、なにやら洒落た料理の載った皿を両手で持つ、嬉しそうな魚沼の写真が添付されていた。写真など、携帯で直接撮影したものしか見られないと思っていた豊は軽いカルチャーショックを受けた。魚沼が殊更メールにこだわったのはこういうことかと合点もいった。同時に、最近の若者はこうやって交流するのかとも。
豊は嬉しくなり、すぐに魚沼に連絡した。




