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「ちょっと、おとん。聞いとるん? このまま車に乗り続けてたら、いつ事故を起してもおかしくないんよ? もしそんなことになったら、うちらが迷惑するんじゃけん。お願いじゃけん、もう免許は返納して。車も処分して運転はやめて」
電話でする話ではないだろう。豊にふつふつと怒りがこみ上げてきた。
それほど重要なお願いなら直接会いにくればいい。それをしない理由は明白だ。自分のことが嫌いなのだ。事故を起したとしても、かかる自分の迷惑ばかりで、豊の心配などひと言も口にしない。父親がどうなるかはどうでもいいのだ。事故が起きて、自分達に賠償責任が発生することばかりを心配している。その魂胆が透けて見えるから、豊も言うことを聞く気になれない。むしろ、反発したくなる。
盆に母親の墓参りに来るくらいで、普段は連絡などほとんどよこさないくせに、こんなことには熱心に電話を入れてくる。お願いなどと口では言うが、その実強制ではないか。豊の現状など一切顧みず、要求のみを突きつける。そもそもそんな重要な話ならば、車を手放す代わりに、じゃあ私達も同居しましょう、あるいは近くに引っ越し、お父さんの面倒を見ましょうというのが娘のあるべき姿だろう。それさえせず、言うことを聞けというのは虫が良すぎるというものだ。大体、なぜ魚沼と知り合ったばかりのこの時期に、今までロクに連絡さえよこさなかった娘がこんな無理難題を言い出したのか。
これは試練なのではないか。不意に、豊にそんな考えが過った。
電話口ではまだ娘が一方的にまくし立てている。その口調はだんだん怒りを帯びてきている。だが、そんなものはとうに豊の頭には入ってこなかった。娘がまくし立てている間、豊はまったく別のことを考えていたのだ。
魚沼と出会い、声をかけられ、連絡先まで教えてくれた。今後も会う約束も交わした。老境にいたり、こんな出会いができたのは奇跡に等しい。そんな旨い話があるだろうか。幸運に恵まれたからには、同等の反作用が働くのではないか。豊は運命論者ではないが、好事魔多し。成功、栄光を掴むには困難な障害が多々待ち構えるというのはよくある話だ。
娘が突然こんなことを言い出したのは、魚沼と添い遂げるのを阻もうとする運命が働いているのでは、そんな考えが豊の脳裏に湧き上がってきたのだ。
もしそうならばこいつは敵だ。自分の娘ではあるが、自分の幸せを阻むために現れた、乗り越えなければならない障壁なのだ。そう考えれば、すべての辻褄が合う。もう豊はどんな障壁にも屈せず、乗り越えなければならないと覚悟を決めた。




