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 娘の彩子は挨拶もなしに、あの話とやらをいきなり持ち出してきた。ハテ、なんの話だったろうかとしばらく考え込んで思い出した。免許証を返納して車に乗るなという自分勝手な要求だ。

「ああ、あれか。一応考えてみたがの、やっぱりこっちはなにぶん田舎じゃけん、車がないと生活もおぼつかんのじゃ。免許の返納は自分でいけん、思うたらすることにする」

「ひとつええ? おとん。もうおとんくらいの歳の人は大体免許も返納して施設に入ったりせえへんでも、デイサービスや宅配を利用して立派に生活しよるんよ。それが今の主流なんよ。おとんみたいにええ歳して車に乗るのはみんなに迷惑をかける恥ずかしいことなんよ。おとんは迷惑かけとるつもりはなくても、おとん一人の運転に、ものすごいたくさんの人が気をつこうとるんじゃけん」

 彩子は子供でも諭すような口調だ。前回、電話口で怒るだけでは逆効果と判断して作戦を変えてきたと見える。その小賢しさがまた豊には気に入らない。

「まるで見てきたように言うがの、お前は俺がどれだけ安全に気を配って運転しよるか知らまいが。俺は高齢者ドライバーに迷惑かけられることはあっても、迷惑かけたためしはない。大体、この歳まで大した事故や違反もせず運転してきたんじゃ。自分で言うのもなんじゃが、ベテランぞ。確かに歳は少し食うとるが、俺には経験があるんじゃ」

「もう! それが心配じゃ、言うんよ。事故を起す、起さんなんかただの運なんじゃけん。おとんはたまたま今まで運が良かっただけじゃ、いうのがなんで分からんの?」

「あのな、昨日、今日、事故のニュースを見たくらいでそうビクビクするなや。テレビなんぞ、大したニュースのない日は視聴率稼ぐために、取るに足らん事故や事件を大袈裟に吹聴するのが常套手段なんぞよ。お前みたいに昼の日中からワイドショーみたいな低俗なもんばかし見よるけん、すぐにテレビの思惑に嵌るんぞ。少しは冷静になって物事を見つめる癖を身に付けえや」

「それはおとんの方じゃろうがい! 私は昼間っからワイドショーみたいな腹の立つもん見たりせえへんけんね!」

「おお? この前、お前が電話してきて、事故のニュースを見させられたぞ? ワイドショーも見よらんもんが、そがいな連絡入れるのはおかしくないか?」

「あれはどこの番組もつまらんけん、チャンネル回しよったらたまたま目に飛び込んできたんよ! そんなことはどうでもええじゃろ。話を逸らさんといて!」

 豊はもう辟易していた。娘がたまに電話してくると思えば、到底受け入れられない無理難題を突きつけては押し通そうとする。こちらがやんわり断っても腹を立てて怒りかえる。かといって、こちらも強硬な態度をとればますます激昂する。一体なぜこんな娘が生まれたのか。魚沼の爪の垢でも煎じて飲めと言いたい。最早処置なしと適当な返事ばかりしていても、一向に埒は明きそうにない。が、彩子は不意に、豊に思いもよらなかったことを気付かせた。

「なあおとん。これは聞いた話じゃけど、維持費とかガソリン代とか考えたら、そのときは高いようでも、タクシー使うてもかかる費用はそんなに変わらん、ていうんよ。それじゃったら、普段の足をバスにでもすれば安上がりじゃろうがい。もうおとん一人なんじゃけん、送り迎えする人もおらんのじゃったら、自家用車を持つメリットはなんもないどころか、事故のリスクばっかり抱えることになるんよ」

 豊は、はっとした。送り迎えする人。いる。魚沼が車を所有しているかは知らないが、恐らく持ってはいないのではないか。仕事に就いていない一人暮らしの若い娘が、借家住まいで車を持つとは考え辛い。スーパーの駐車場で見たときも徒歩の様子だった。ならば、車の存在は自分と魚沼を繋ぐ大きな役割を果たすのではないか。そう気付くと、途端に豊の頭に極彩色の光景が広がり始めた。

 魚沼を助手席に乗せ、話をしたり、仕事探しの協力として一緒に職安に行く。が、そううまく仕事など見つからないだろうから、何度も送り迎えをしてやる。もしかするとそのうち、魚沼の住むアパートに案内されることもあるかもしれない。就職がうまくいかなければ励ましのために食事に誘ったり、海など見に行ってやってもいい。面接に向けて隣町のショッピングモールに足を伸ばし、服を買うのに付き合ってやったり、車の中で面接の練習などしてみたり。

 豊は今後の魚沼との関係を維持するためにも、やはり車は手放せないと思い直した。

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